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オブセルバトリー・ロッジ(Observatory Lodge)→
トルトゥゲーロ(Tortuguero)
2005.09.18 |
コスタリカ国内移動 |
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移動内容 |
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07:45-08:15 |
オブセルバトリー・ロッジからフォルトゥーナの中心地までシャトルバスで移動 シャトルバス運賃C9720(US$20) by 現金 |
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08:15-08:40 |
同じシャトルバスで、フォルトゥーナの各ホテルを回り、トルトゥゲーロ行きの旅行者をピックアップ
トルトゥゲーロまでの
シャトルバス+ボート運賃C17010(US$35)/人 by 現金 |
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08:40-12:05 |
フォルトゥーナからトルトゥゲーロ行きのボート乗り場(Gueest)までシャトルバスで移動 |
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12:05-13:30 |
ボート待ち |
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13:30-14:48 |
Gueestからトルトゥゲーロまでボートで移動
RUBEN VIAJES BANANERO社
(手配はフォルトゥーナのPURA VIDA社) |
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※2005.9現在、US$1= C486(コスタリカコロン)で計算しています。 |
今日は、オブセルバトリー・ロッジからアレナル火山麓のフォルトゥーナまで行き、そこから一人US$35でトルトゥゲーロまで連れて行ってもらうトランスポーテーションを予約していた。
朝7時40分、約束の5分前にシャトルバスのドライバーが到着。グアテマラでもそうだったが、公共の交通機関は遅れてくることもままだが、外国人観光客を相手にしているシャトルバスはきっちりと時間通りにくるし、ドライバーもいたってマナーがよい。ここが値段の大きな差なんだろうなぁ。今回の旅行は、各々デイバッグとショルダーバッグという軽装なので、移動も気が軽い。
シャトルバスに乗り込んでロッジを後にする。来る時には、一体どんなところに連れて行かれるのかと不安になるほど鬱蒼とした森も、充分に楽しませてもらった今となっては、後ろ髪が引かれる思いだった。30分ほどで、フォルトゥーナの街に着き、他5名を拾ってシャトルバスはトルトゥゲーロに向けて出発した。
フォルトゥーナからトルトゥゲーロへ直線で行くのかと思っていたが、バスはどうやらサン・ホセに向かう道をどんどん南下している。サン・ホセの北にあるアラフエラまでは行かなかったが、かなり南下してから、東に向かって進んでいるようだった。
途中に広がる風景は、バナナの木、コーヒーの畑、牧場といったところで、この国の主たる産業が何であるかがわかりやすい国だなぁという印象。山を越える度に、大雨になったり、晴れたりとめまぐるしい天候の中をバスは一路進んでいった。
途中、10時50分頃にトイレ休憩してからすぐ、街の中に入っていった。カリアリCariariという名前のその街は、3日前にフォルトゥーナの街で初めて耳にした。今回のトルトゥゲーロは、行きはシャトルバスを手配していたが、そこからサン・ホセまでは自力で戻ることにしていた。どうやって帰るかをトラベル・エージェンシーに相談した時に、「トルトゥゲーロからボートである場所まで行って、そこからカリアリまでバスに乗る。カリアリでサン・ホセ行きのバスに乗り換えれば、帰ってこられる」という情報を聞いたのだった。
今回はシャトルバスなので、カリアリでは乗り換えずにそのままボート乗り場に行くようだ。小さなカリアリの街を抜けて、バスはさらに進んでいった。やがて、両脇がバナナの木で埋め尽くされた未舗装の道に入っていく。バナナの房は青いネットがかけられ、輸出用なのか大事に育てられているようだった。ここはどういうところなのか?
やがてシャトルバスがバナナプランテーションの途中のゲートで停車。川はどこにも見えない。何だ、何だ?すると、全員バスを降りるように指示される。私の聞き間違えでなければ、「このゲートから先は、アメリカ合衆国企業のバナナプランテーションで、全員履物を消毒液につけてから入ることになっている。」というのだ。へー。確かに色んな国をフラフラしている旅行者の靴の裏といったら、様々な植物の種やら昆虫や微生物の博覧会になっているに違いない。どんなことが理由で、大金をかけたバナナがやられてしまうかわからないのだろう。そういえば、オーストラリアのケアンズに行った時も、空港の通路のある部分が送風のトンネルになっていて、旅行者はそこを通ると自然と体についた種や虫が吹き飛ばされるようになっているということを聞いた。
それと比べると足だけで大丈夫かねぇと思いつつも、みんなと同じく神妙な顔つきで、消毒液に足を浸した。
このゲートを越えて5分間は、両脇の生垣が急に高くなり何も見えなくなった。私たちは、この農園の私道を通らせてもらっているのだろうか?中に植わっているのは本当にバナナなのだろうか?実はいけない植物なんかが植わっていて、だから垣根を高くして見えないようにしているのではないか?と、かってな妄想を膨らませながらバスに揺られていた。もう一度黄色いバーを越えると、またバナナが見えるようになった。ゲートで英語らしき言語による説明はあったものの、皆わかっていないらしい。やっぱり、ちょっと怪しい。何だったのだろうか?事情がわからないと、妄想が膨らんでいく。
さて、バナナが再び見えてから10分後、12時を超えて、やがて右手に屋根のかかった待合所のようなものが見えてきた。え?ここ?あまりにジャングルの中にむき出しで放り出されるような不安に、一同、顔を見合わせて、一呼吸置いてから何故か大爆笑になった。いや、だってねぇ。本当に、何もないところなんですから。
待合所の右から下に降りていく階段があって、のぞいて見ると下に茶色に濁った川があり、一艘のボートが浮かんでいる。ボートの中には一人の現地人がいて、朝の大雨でボートにたまった雨水を桶でくみ出して川に捨てている。この川を、このボートで行くんだぁ。今回の移動は一人US$35を支払った外国人用の移動だが、それでこの調子だ。帰りはカヤックにでも乗せられて、自分で漕いで帰らされるんじゃないかという不安さえ頭をよぎった。
シャトルバスの運転手はボートのチケットを一人ずつ配り、「ボートは45分くらいしたら来ますから、では、皆さん、ごきげんよう」と言って、車に乗って帰っていってしまった。ひたすらバナナの木が立ち並ぶ、鬱蒼とした林の中で、7人はボートを待つことになった。さっき、水をくみ出していた男性は、どこかに行ってしまったが、かわりに現地の少年が水をくみ出し始めている。まぁ、いざとなったら、この少年が何か知っているだろう、というのが唯一の救いだった。
12時40分、一向にボートの来る気配がない。ふと、手元のチケットを見ると、我々のいるGeestという場所からトルトゥゲーロ行きのボートの時間は午後1:30と午後3:30になっている。あたりを見ると、立看板にも同じ時刻が書いてある。「あのー、皆さん、手元のチケットを見ると午後1時半までボートは来ないと思うんだけど」と私が言い出すと、皆どれどれと手元のチケットを確認。ああ、本当だ。こりゃぁ、1時半だ、シャトルバスのドライバーめ、適当なことを言いおったと、口々に納得。まぁ、はっきりした時間がわかったという安心もあって、皆で自己紹介したりして、ボートが来るまで待った。
今回のメンバーは、フランス人の女子学生が2名、オーストリア人の若いカップル、南アフリカ人の白人男性が1人と我々だった。今まで、どこを旅行したか、これからどこに行くのか、などをポツポツと話していたが、私が「オーストラリアのサバイバーっていう番組、知っていますか?」と切り出すと、そっちの話の方が盛り上がった。サバイバーっていう番組は、日本版も作られるほどの人気番組で、今、我々がいるような山中や孤島に一般人参加者が置いていかれる。そこから、サバイバル生活をする中で、この生活に不適合と思われる人物を全員で1人ずつ選んで、脱落させていく、最後に残った者が賞金を獲得する、という人間の醜い部分を浮き彫りにした番組である。正直、私は好きではないが、今の孤独な状況はあの番組のシーンにそっくりだし、各先進国で放映されているようなので、話題にしてみた。
やはり、皆ちょっと不安だったのだ。「私はチョコレートを持っているわ」「このままボートが来なかったら、皆であそこにあるボートで行きますか?」などと、次から次へと発想が出て、ちょっと面白かった。
そんな会話をしていると、午後1時頃になって川からボートがやってきて、旅行者が降りてきた。どうやら、時間通りに運行されているらしい。この旅行者のうち、中国人らしき家族は予約しておいたのだろう、いつの間にか来ていたタクシーでサーっと立ち去った。あとの人は、ここから出発するバスを待っている。なるほど、我々もこうやって帰るのだと参考になった。実際には、帰りのボートは違う所に到着し、そこからバスに乗った。ボートの発着所は利用するボートによって、色々あるということになる。私たちがトルトゥゲーロから立ち去る時に利用したボートとボート乗り場は、地元の人でいっぱいだった。サン・ホセで同じ宿に宿泊する女性は、サン・ホセからのツアーを利用したのだが、サン・ホセに帰る時、ボートを降りたらお食事ができるテーブルの並んだ広いところだったそうだ。US$35では、まだまだ最上級ではなかったらしい。
1時半、ボートのキャプテンとここにずっといた少年が「バモス!(行こう)」と我々に行った。やっと出発だ。
ボートに乗ると、水面が近かった。川面を切るときに上がる水しぶきが、手を伸ばせば届きそうだ。そういえば、タイのチャオプラヤー川を行くボートもこんなのだった。キャプテンの顔を除けば、東南アジアといってもわからない。
雨で水かさが増しているとはいえ、川からは留まっている流木が枝を伸ばしていたりして、そんなに水深は深くなさそうだ。細かくS字型に蛇行する川の中で、さらに水深の深い所を選ってボートを走らせているようだった。S字型なので、砂州ができているところには、水鳥がいたり、川辺で牛が草を食んでいたり、移動の手段としてのボートだが、ディズニーランドのジャングルクルーズのようである。いや、こっちは本物だから、それ以上である。結構、楽しい。ふと、ボートがエンジンを止めた。何かと思ったら、ワニだ。おお、ワニだ、ワニだと皆写真を撮りまくる。おかしかったのは、写真を撮りまくられたワニが、ボートが再びエンジンをかけると同時に、「はい、お疲れ様でした」といわんばかりに、川の中にズリズリと入っていったことだった。まるで、日に数回、ここをボートが通る度にお出迎えする仕事をしているように見えた。
こうして川を進んでいくと、やがてT字路にぶつかった。今まで我々が下ってきた川は支流だったらしい。目の前に横たわる川は、もっと幅が広い。T字路で右折して更に進むこと15分。前方に村のような家が並ぶ岸が見えてきて、その右端のボート小屋に入って到着。
ボート小屋にいるおじさんは、帰りのボート便の予約はどうか?今夜のカメのツアーの予約は?と聞いてきたが、まだ着いたばかりで、このおじさんの提案する価格と内容が釣り合うがどうかも判断できない。というわけで、誰一人このおじさんに次の行動を予約することなく、ホテルを探しに村の中へと入っていった。もちろん、我々もホテル探しへと向かった。
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