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ルクソール(Luxor)→アスワン(Aswan)
2006.12.21 |
| エジプト国内移動 |
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| 移動内容 |
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| 08:14-08:24 |
ルクソールの宿からルクソール駅まで徒歩で移動。 |
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| 08:24-11:26 |
9時25分の列車を待つも一向に来ない |
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| 11:26-14:11 |
ルクソールからアスワンまで列車(1等)で移動。
列車運賃 EGP42.5(=US$7.11)/人 by 現金 |
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| 14:11-14:30 |
アスワン駅から宿まで徒歩で移動。 |
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| ※2006.12.18現在、US$1= EGP5.98で計算。EGPはエジプシャン・ポンド。 |
ルクソールからアスワン行きのチケットを買いがてら、移動前日の20日に駅に行ってみた。
チケットは駅を入ってロビーを抜けてプラットフォームに出て左手ずっと奥に普通列車の窓口がある。プラットフォームに出て右手に行くと、カイロ行きの豪華寝台特急のチケット販売窓口がある。アスワン行きはもちろん普通列車に乗るので、左手のチケット売り場で購入だ。エジプト人は列を作らない。うかうかしていると、後ろからどんどん割り込んでくるので、みんな窓口にはりつくようにしてチケットを購入するのが印象的だった。私もへばりつくように窓口に擦り寄って、無事に購入。
列車は毎日9時25分にアスワン行きが出るらしい。チケットを購入したのが9時15分だったので、ついでに列車の出発を見送ってみようと、向かい側のプラットフォームに向かった。ベトナム系フランス人の旦那さんとスイス人の奥さんというご夫婦がいたので、おしゃべりしながら列車を待つが、9時半になっても来ない。10時になっても来ない。「おかしいですねぇ」と私が言うと、ご夫婦ともに「エジプトですし、カイロから来るので絶対に遅れてくるでしょう。今日中にアスワンに到着すればいいと思っていますよ」と余裕しゃくしゃくの答えが返ってきた。10時15分、45分遅れで列車が到着。旦那さんは「上出来、上出来」とニッコリ笑って、二人で仲良く去っていった。列車は遅れてくるらしい。
とはいえ、時間通りに来ることも考えられるので、翌日21日は8時10分過ぎに宿を出て、8時40分にはプラットフォームに到着していた。
9時、9時半、10時半。来ないねー。昨日の遅れを見ていたので、10時半までは許容の範囲だったが、そこからが長かった。違う時間帯に乗るためにやってきたローカルの人々もどんどんプラットフォームに押し寄せ、おばちゃんは世界共通のパワーでベンチに座ってくる。とうとう、周り中をローカルおばちゃんに囲まれて列車を待つことになった。
定刻より遅れること2時間。南米でもこんなに遅れることはなかったなぁ。やっと列車が入ってきて、ホッとして乗り込んだのだった。
各車両の入り口には当然のことながら大きな荷物を置く荷物置き場がある。そこに荷物を置こうとすると、妙に手伝う男がいる。いいからと手を払って自分で荷物を置くと、チップをよこせというではないか。何にもしてないじゃーんとチップを拒否すると、折角入れた荷物を出して「じゃぁ客席に自分で持って行け」と言い出した。何だ、このシステムは。この男は一体誰なんだ。
わけのわからん荷物置き拒否に遭遇して、大きな荷物を座席の足元に置く羽目になった。たった100円くらいのチップだから払ってもよかったのだが、意味がわからないものに金は払いたくない。3時間弱だから、今回は耐えることにした。途中から座席が空いてきたので、荷物とは別の席に座ることもできたし、問題はなかった。
列車はナイル川沿いを走っていく。アスワンまで列車で3時間ほどのこの距離を、2泊3日でクルージングする旅もあり、川の上にはアスワンに向かう船を何隻も見た。
ルクソールとアスワンの間には、テロの危険があるために列車では途中下車して立ち寄ることのできない遺跡がいくつかある。
今の所、これらの遺跡を見たいならば豪華客船のクルージングかフルーカと呼ばれる帆船で行くしかないのだ。多くの人は、ルクソール発アスワン行きのクルージングを好むため、クルージングの値段はルクソール発だとUS$200以上もする。しかし、同じ内容のクルージングがアスワン発だとUS$100程度でできるという情報は、昨日プラットフォームで出会った夫婦に聞いた。彼らはルクソールのトーマスクックにでかけて、数日かけて交渉をした結果、アスワン発のクルーズ2泊3日を一人US$50で買うことができたと得々と語った。「フランス人はタフネゴシエーターだから世界中で嫌われているんです」と旦那はむしろ嬉しそうに言っているのが面白かった。
この後、私もクルージングに大変興味を持ったのだが、アスワンで実際にクルーズに使われる船を見て、「え?何だかしょぼい」とがっかりしてしまった。その上、宿に置いてあった吉本ばななのエジプトが舞台の小説を読み、巻末に実際にばななが旅したクルージングの話で「5つ星ホテルクラスのクルージングと謳われたクルーザーの客室は、安ビジネスホテルの部屋のように陰気くさかった」と書かれてあり、すっかり興味を失った。
フルーカについては、ルクソールでフルーカの旅を終えてきたばかりの日本人パッカーに話を聞くことができたが、狭い船内に雑魚寝しなきゃならないし、この時期は夜が冷え込むし、正直心から楽しかったとは言いがたいという感想だったので、こちらの路線もなし。結局、ルクソールとアスワンの間の遺跡は見ないことにしたのだった。
さて、アスワンへの列車は時々駅にとまりながらも14時11分にアスワンに到着。3時間半かかると言われていたのだが、遅れを取り戻すために巻き返しを図ったのか、3時間弱で到着した。
アスワン駅を出ると、タクシーやら宿の客引きがわっと群がってきたが、ダハブ、ハルガダ、ルクソール、そしてここアスワンと4回目ともなると無視の仕方も堂に入ってくる。目指す宿は駅のすぐそばだったし、地図は頭の中に叩き込まれている。何の問題もなく宿に到着することができたのだった。
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