夫婦2人で世界一周の旅に出発!現地から海外長期滞在の旅の様子をお伝えします。
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ムワンザ(Mwanza)→ウガンダ:カンパラ(Kampala)
2007.09.06-07
タンザニア→ウガンダ

移動内容
9/6
15:30-15:38
宿からフェリー乗り場までタクシーで移動
タクシー運賃 Ts2000(=US$1.53) by 現金
15:38-16:43 待機。
16:43-17:25 フェリー乗り込み開始。2等座席に場所を確保して一息。
17:25-18:03 フェリー出発待ち
18:03-
9/7
06:30
ムワンザからブコバまでフェリーで移動
フェリー運賃 Ts21500(=US$16.49)/人 by 現金
06:46-06:55 フェリーで隣の席の男性がブコバからカンパラに向かうバスの事務所で働いていて、彼の同僚の車でバスターミナルまで移動
車運賃 Ts0(=US$0)/人 by 現金
07:10-13:20 ブコバからカンパラまで大型バス(Gateway)で移動。
バス運賃 Ts12000(=US$9.20)/人 by 現金
ウガンダビザ代金(1ヶ月) US$50/人
13:20-14:10 大雨に見舞われ雨宿り。雨がやんでから私は荷物番、夫が両替屋に行きタンザニア・シリングからウガンダ・シリングに換金
14:10-14:30 Gatewayのバスターミナルから下町の宿L'Hotel Fianceeまでタクシーで移動
タクシー運賃 Us6000(=US$3.48) by 現金
※2007.09.03現在、US$1 = Ts1304 = Us1726で計算。Tsはタンザニア・シリング、Usはウガンダ・シリングをあらわします。

 昨日19時間かけてキゴマからムワンザに到着。ここからフェリーでヴィクトリア湖を渡ってブコバに行き、ブコバからバスでウガンダとの国境を越えてカンパラを目指す。

 朝起きて、ホテル内の食堂で朝食を摂っているうちに、頭も動いてきて、とりあえずロンプラを調べてみるとブコバ行きのフェリーは火・木・日の週3日、夜10時発となっている。これがどうなっているかを調べるために、フェリー乗り場に行ってみることにした。

 ムワンザはタンザニア第二の都市だそうだ。確かにキゴマなんかと比べるとちゃんとしたビルも立っているし、きれいなレストランやインターネットカフェ、携帯電話屋などが軒を連ねて都会的ともいえる。

 第一の都市であるダル・エス・サラームでもナイロビの都会ぶりと比べると遥かに劣るのだから、ムワンザが第二の都市でもおかしくはない。

 町中から歩いていける場所にブコバ行きのフェリー乗り場がある。

 MARINE SERVICE CO. LTDという看板のあるゲートを入って左手に見える建物でチケットを販売していた。


 UPPER CLASS(1等、2等)チケット売り場と3等チケット売り場は別の窓口になっている。UPPER CLASSチケット売り場の窓口の女性は、とてもきちんとした英語を話す人で、第二の都市というレベルを感じさせた。

 彼女の説明によれば、船は週3便、火・木・日の午後7時発、ブコバには翌日朝6時に到着するということだった。

 1等キャビンはTs30500+外国人料金Ts5000 = Ts35500(=US$27.22)
 2等寝台はTs20500+外国人料金Ts5000 = Ts25500(=US$19.56)
 2等座席はTs17000+外国人料金Ts5000 = Ts22000(=US$16.87)

 今夜発の便には1等席と2等座席しかなく、2等寝台はない。1等席は既に完売なので2等座席なら販売できるということだった。タンザニア鉄道と比べて何と明快でわかりやすい説明だろうと嬉しくなる。

 ムワンザは第二の都市ではあるが、あまり興味を感じる見所もないために今夜の便でブコバに移動してしまうことにして、早速チケットを購入した。

 チケットは日本の昔の鉄道の切符のように固い厚紙にスタンプを押したもので、ちょっとノスタルジックな感じ。


 出発の2時間前の午後5時に乗船なので、午後5時までに来るように言われた。

 さて、ちょっとだけムワンザの町をぶらついてみるか。

 フェリー乗り場を出て右手に、湖沿いに歩いて行くと多くの人がにぎやかに集まっている場所がある。籠の中身は人参がのぞいている。どうやら、近くの農村から船で野菜を運んできて市場に持って行こうとしているようだった。湖だから小船でも渡ってこられるのだろうか。

 そこから更に先に行くと、ムワンザの名所「ビスマルクロック」が見えてくる。近くで見るには近郊行きのフェリー乗り場の敷地内に入らなければならない。「ビスマルクロックを見たいのだけれど」とカメラを手に言うと、「いいよ、いいよ入って」と入れてくれて、近くで見ることができた。

 大きな岩が危うくバランスを取っているのを先頭に、微妙なバランスで岩が組み合わさっていて、なかなかアーティスティックな風景になっていた。

 ええっとぉ。以上、ムワンザ観光終了。

 時間まではメールチェック、サイト更新作業、ホテルのロビーのテレビでやっていたインド映画鑑賞。

 午後3時にホテル前に待機しているタクシーの1台に乗って、フェリー乗り場へと移動した。当然まだ乗船は開始されていないが、乗船入り口のゲート前には荷物が行列を作っていた。みんな荷物を置いて行列の番をさせているようだった。私たちもスーツケースを置いて、スーツケースの見える日陰の階段で、荷物を監視しながら座って待つことにした。

 午後4時半過ぎになると、そろそろゲートが開くらしく荷物のそばに人が戻ってきている。どさくさに紛れて私たちの荷物の前に自分の荷物を横入りさせた若い黒人女性に向かって、夫は「あんた、横入りしたでしょ?後ろに並びなさいよ」とジェスチャーと英語で言う。若い女性は「エッヘッヘー」とニヤニヤするだけで一向に後ろに以降とはしなかった。夫の負け。

 4時43分にゲートが開くと、エッヘッヘーの女性どころではなく、金をもらって荷物を運ぶポーターの強烈な横入りが横行。前から行列を作っている人がちっとも先に進めない。何という秩序のなさだ。そうなったら、こっちも負けじとぐいぐいと押し返しながらもみくちゃになってゲートを通った。何でいつもこういう無駄なエネルギーを使わされるのだろうか。

 今回は私たちも自由席なのでかなり急いだ。2等座席は妙な場所にある。船の中に入って一度階段を上がってから内部の階段を降りないと行けない場所にあるのだ。本当はキッチンの中を通って3等席を通れば階段は一度も使わないで済むのだが、そういう通路にはなっていないのだ。何とか荷物も一緒に2等座席に到着して、すばやく座席と荷物をくくりつける柱を確保。今回はオープンな座席で夜を越すので荷物の管理が心配だった。

 2等座席はキッチンの横にあり、テーブルと椅子が並ぶ食堂のようなつくりになっていた。見知らぬ同士なのだが、同じテーブルにつくと和やかな雰囲気になり、タンザニア人も英語ができる人は話しかけてきたりして、思ったよりも楽しい感じだった。

 午後6時出港。ビスマルク岩も見えて、どんどんと小さくなっていった。

 船の中を探検してみると、甲板の高さには3等席、キッチン、2等座席、甲板の下の階に3等席、甲板の上の階に1等キャビンと3等の屋外席がある。こうして見ると、3等席の占める割合が非常に大きかった。

 2等座席はダイニングみたいな雰囲気を出しているので、みんな次から次へと飲んだり食べたりしている。アルコール類も販売されていて、ビールもあるが、面白いのは日本の弁当についているビニール袋入り醤油のような体裁で100mlほど入ったウォッカと称する酒を販売していることだった。この酒はウガンダでも販売されていると協力隊員から聞いたことがあるが、実物をここで初めて見た。

午後7時半になると、今まで閉まっていたキッチン窓口のシャッターが開き、夕食の販売が開始された。おなじみのビーフかチキンのシチューあるいは魚のフライとご飯のセットで、全てTs2000(=US$1.53)。量は少ない。

 夕飯を食べて本当はシャワーを浴びたい所だが、2階にあるシャワーとトイレが一緒になっている場所は男女共用で、しかも多くの男性がシャワーコーナーに向かって用を足して悪臭が甚だしい。とてもシャワーを浴びられる状況ではなかったので断念した。

 椅子はぎっしりと人が座っていて、足を伸ばしても前の人の足とぶつかるし、座ってうつぶせになって寝るしかなかった。あまりよく眠れない。

 午前4時半にブコバの1つ手前に寄港して多くの人と物資が降ろされた。この4時半からブコバ到着30分前の6時までの1時間半、人がいなくなって座席に横たわれたので集中的に眠ることができたのだった。


 朝6時、気の早い人は到着に向けて荷物を準備したりしている。私たちの隣に座っていた元気なタンザニア人男性と話をしていたら、彼はブコバとウガンダのカンパラの間を走るGatewayという会社の社員でブコバオフィスに勤める営業マンだという。ブコバに到着してから、バスターミナルの場所確認や、バス会社の確認などの情報が彼によって事前に明らかになった。

 しかも、彼もバスターミナルのオフィスまで行くので同僚が車で迎えに来ているから、一緒に乗ろうというではないか。ロンプラの情報では、ブコバからカンパラに向かうバスは週3日。しかもフェリー到着の人は同じ日ではないと書かれていたのに、彼の情報だと今日バスがあるという。

 あまりに都合のいい話は思わず疑ってしまう習慣ができていた私は、にこやかに対応しながらも非常に疑っていた。大丈夫なのか、この人。車に乗せてどこかに連れて行くきじゃぁないだろうか。

 彼はそんなことにはお構いなしで、バスは午前7時に出るので時間が間に合うかどうかを非常に心配していた。午前6時半に港に到着してワーッと船を降りようとしても、荷物だらけの甲板の細い通路に人がぎっしりいる上にスーツケースを横にしないと通れないほど狭い。なんとか船から出られたのが、6時40分過ぎになっていた。

 彼の言う通り、駐車場には彼の同僚の男性と女性が来ていて、もうすっかり行く気でトランクを開けて私たちのスーツケースを詰め込もうとしている。いやー、どうしようかなぁ。と迷ってはいたが、とにかくバスターミナルまで連れて行ってくれるなら乗ってしまおうという夫の決断に押されて、車に乗り込んだ。営業マンの彼は携帯で「今から2人お客を連れていくから、待っていて」と電話してくれているようだった。スワヒリ語なのだが、時間や人数だけは英語なので、ちょっとわかる。

 ふーむ。大丈夫そうだな。

 バスターミナルに到着するや、夫はチケット売り場に走ってチケット購入。その間に営業マンの彼と同僚が車から荷物を降ろしてくれて、営業マンの彼はバスのスタッフに私たちが乗り込むことを伝えて、あっという間に去っていってしまった。本当にバス会社の人で親切でやってくれたのに、疑ってしまって申し訳なかったなぁ。

 バスは大型バスで1列4人掛けだが、座席のシートは破れてクッションもあまり効いていなく、そんなにいいバスとはいえない。

 もっとよく選べばいいバスがあったかもしれないのになぁ。しかも出発間際に乗り込んだので最後部座席だ。これで道ががたがただと、また鞭打ち症候群に仲間入りする恐怖もあるなぁ。と寝不足の頭は文句ばっかりが並ぶ。

 しかし、この後、ウガンダ国内をバスで何度も移動したのだが、Gatewayはウガンダ国内では大手のバス会社で、バスの車両もこれが標準だった。道も全然悪くなかったので、最後部座席でも問題なし。待ち時間なしで、私たちをカンパラ行きに押し込んでくれたあの男性にもっと感謝すべきだった。

 乗り込んだらすぐに出発し、1時間後にはウガンダとの国境、タンザニアのイミグレに到着した。今回タンザニアに入るにあたりUS$50のビザ代金を支払ったが、滞在日数は8日間。ああ高かったなぁ。

 ウガンダのイミグレまではバスで30分ほど離れているだろうか、8時50分に到着した。ビザ代金は米ドルのみ受付。金を支払えばポーンとビザを発行してくれて、手続きはいたって簡単だった。観光ビザは3ヶ月もらえるはずなのだが、ここでは1ヶ月しかもらえなかった。

 後にアフリカを出る飛行機の日程の都合で延長した方がいいと判断し、移民局に行ったら、航空券のコピーなどしかるべき理由を説明できる書類と文書があれば入国した日から3ヶ月以内なら無料で延長してくれるという話だった。結局、必要なくて延長しなかったが。


 とにかく眠くて眠くて、バスの中では気がつくと眠りこけていたけど、気がついて起きてもカンパラにはまだ到着しない。まだかなぁ。

 午後1時20分にカンパラに到着。

 乾期だと思っていたカンパラは、天の底が抜けたのかと思うような大雨が降っていた。Gatewayはバスターミナルではなく独自の事務所とパーキングを構えている。バスから降りて荷物をひきずってすぐに屋根のある事務所建物に避難した。

 それにしてもよく降る。この降りかたはまるで雨季のようだった。

 私たちはこんなに調子よくウガンダに入ってくるとは思っていなかったので、ウガンダの通貨を一銭も持っていない。バスの中で隣に座っていた青年にレートの良い両替屋を知らないかと聞いてみると、彼はタンザニアのブコバ出身の大学生で、カンパラの大学に通っていて、自分も今から換金するので一緒に行こうと誘ってくれた。

 雨が小止みになるのを待って、私はここで荷物番をし、夫が学生と一緒に両替屋に赴いた。彼がいうように町中に入るよりもGatewayの近くの両替屋のレートの方がウガンダシリングを入手するには良かった。

 こうしてウガンダ通貨を手に入れて、タクシーで宿に向かうことにしたのだった。Gatewayの敷地内にもタクシー運転手か客引きが入っていた。私たちの宿はここから1kmくらいだったのだが、現在地がよく把握できていなかった。客引きに値段を聞くとUs10000(=US$5.79)だという。それはいくらなんでも高すぎるだろうと、事務所の敷地から出て流しのタクシーを探した。

 しかし、流しのタクシーもバス事務所から出てきたばかりのスーツケースをひっさげた東洋人と見たら足元をみるだろう。交渉の末Us6000まで下げられたが、ちょっと高いと感じていた。近いのになぁ。

 しかし、彼がその値段を提示した理由がすぐにわかった。私たちの宿はタクシーパーク(ウガンダではトヨタハイエースを使った乗り合いミニバスをタクシーという)の近くで、午後の今、ものすごい渋滞になっていたのだ。たった1km程の距離なのに20分くらいかかった。

 やれやれ。怒涛の移動となってしまったが、やっとカンパラに到着。8月31日にルサカから始まった大移動はここで終了で、ちょっとカンパラで休憩だ。ふー、疲れた。


 
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