|
|
|
|
カンパラ(Kampala)→キソロ(Kisoro)
2007.09.012 |
ウガンダ国内移動 |
|
|
移動内容 |
|
03:30-03:40 |
宿からメインバスステーションまで徒歩で移動 |
|
03:40-06:40 |
バスの中で待機 |
|
06:40-17:00 |
カンパラからキソロに大型バス(Horizon)で移動
バス運賃 Us20000(=US$11.59) by 現金 |
|
17:00-17:40 |
進行方向に数百メートル進むと右手にUWAのオフィスがあるので、明後日の登録をしてから裏手の宿にチェックイン。 |
|
※2007.09.10現在、US$1 = Us1726で計算。Usはウガンダ・シリングをあらわします。 |
9月10日、UWA(Uganda Wildlife Authority)で首尾よくゴリラ・トラッキングのパーミッションを得て、拠点となるキソロに行くバスはHorizonがよいだろうとUWAのオフィスで教えてもらい、UWAからの帰りの足でバスターミナルに向かった。
UWAのオフィスがお勧めするくらいだから、Horizonはしっかりした会社なのだろうと思うのだが、バスターミナルで人に聞きまわって教えてもらった事務所とはターミナル横に停車しているトヨタハイエースだった。そう、車が事務所だったのだ。中を覗くと誰もいない。しばらくして、再び行ってみると数人の男がいて、キソロに行きたいというと一人Us20000だという。カンパラ市内で無料配布している最新のガイドブックにUs15000と書いてあるので、私たちはだまされているのではないかと疑い、12日にバスが出ることだけを確認して頭を冷やすことにした。
翌11日、もう一度「オフィス」を訪ねると、今度は真面目そうな別の男が座って事務仕事をしていた。彼なら信用できるかもしれない。もう一度値段を聞くと同じ金額だった。そうか、やっぱり値上げしているのか。彼の隣には客なのか女性が座っているがチケットを買う様子でもない。「あなたの奥さんですか?」と尋ねると「いや、母です」と答えられて、びっくり。その女性はあまりに若く見えた。一体いくつでこの男性を生んだのだろうか。会話も続かず、「と、とにかく明日発のチケットをください」とチケットを購入することにした。
Horizonはキソロに向けて1日に2便朝5時発と夜9時発のバスを出していた。私たちは明日の朝5時の便を予約したいというと、予約というシステムはなくて、とにかくチケットを買って乗りたい日の乗りたい時間に来て、空き席があれば正式なチケットと交換して乗れるという超いいかげんなシステムだった。だから料金を支払っても正規のチケットはもらえないし、かなり不安だった。出発の1時間前、つまり朝4時に来れば大丈夫だろうと言う彼の意見を信じて、当日の朝3時に起きることになったのだった。
宿からバスステーションまでとても近いのが幸いだった。ステーションの横にはガソリンスタンドがあって、未明でも煌々と照明をつけていたし、こんな時間だというのにもう人の動きもあって、危ない感じはなかった。
3時40分にステーションに到着してHorizonのバスを探していると、夜警の人が近寄って一緒に探してくれた。更に夜警の人はバスの中で寝ているスタッフを起こして、私たちを中に入れてくれた。今回は大きなスーツケースは宿に預かってもらって、リュック1つの軽装なので荷物をどこに入れるかという問題が発生しないでよかった。
驚いたことに、バスの中には既に乗客と思われる数人が入っていて、おそらく昨晩からここに来ていたのだろう、熟睡中だった。
スタッフに出発時間を聞くと、朝6時だという。5時だって言ってたのに・・・。あと2時間もあるので、私たちも横になっているうちについ眠ってしまい、気がつくと夜が明けかけて6時。コンダクターが予約チケットを正規チケットと交換してくれて、そろそろ乗客も集まりだし、物売りもバスの中に入って来たが、当然のように6時には出発せず、出発は6時40分になった。
バスステーションから出たものの、町の中で再び客引きのために停車。客が足りないのかなぁ。
6時50分、夜明けに染まるカンパラをようやくバスは走り始めたのだった。
9月5日にウガンダに入国した時にも思ったが、ウガンダは本当に緑豊かな土地である。砂漠のナミビアやボツワナを体験してきたから、湖の上を渡る船に乗ることが多かったから、特に緑が目に眩しく、目が緑を渇望していたんだということを実感する。
今回の旅もウガンダの緑の中を走る旅で目が喜んでいた。
通り過ぎる村では新鮮な作物が売られ、途中の畑には主にバナナが多く見られる。
西に行くに従って、バスが停車する旅に物売りが押し寄せてきて非常に魅力的だった。みんな、バナナを買う、買う。今までのアフリカの旅の経験からローカルの人が買う農産物は安くておいしいに決まっている。ああ、私たちも買いたいなぁ。でも量が激しく多いので躊躇してしまった。
12時36分にマサカMasakaに到着。この町は、タンザニアのブコバからカンパラに移動する時にも通った町だった。
この町では必ず串焼き牛肉を売りに来る。カンパラに向かう時は、バス内の周囲の人はほぼ全員が買っていた。私たちも買いたかったのだが、ウガンダの通貨を一銭も持っていなくて買えなかったのだ。あの時の恨みを今日晴らす!
カンパラの町中と同じ値段で1本Us500(=US$0.29)なのだが肉の大きさと鮮度が違う。カンパラの町中のは炭火で焼いた後、最後に油で揚げていて、その油が悪くて胃が痛くてたまらなかった。しかし、ここのは炭火で焼いてあるだけだし、新鮮でとてもおいしい。いやー、満足、満足。通りには草を食む牛の姿も見られたが、体の大きさには不相応なくらい立派な角のある牛だった。
午後2時15分。Mbararaを過ぎると道は未舗装道路になった。雲行きもあやしくなり、雨が降りそうな感じだ。
景色はどんどんと田舎の風景になっっていき、道は山の中腹に削られるように作られた曲がりくねった赤土の道だ。もちろん、ガードレールなんてものはついていない。山が折り重なるように彼方まで続いて見えていた。一体私たちはどこまでこの山を分け入って進んでいくのだろうか。
午後3時39分に見えてきた湖がブンヨンヴィ湖Lake Bunyonviだろう。キソロまではもうすぐのはずだ。
雨は益々強くなり、窓際の私の席は天井から雨漏りが。バスの中での雨漏りってのは、初めての経験だ。相変わらずの山裾の山道で、このまま雨が強くなって谷底に落ちたらと思うと不安が募る。
午後4時44分。とうとう本格的に振り出した雨の中で、ある村に停車した。農作物を持った村人がバスに乗ろうとするとHoraizonは乗車拒否。あまりに大きな荷物を持った人は乗せないというルールがあるらしい。人々の怒号、バス側の叫び。雨の中で大騒ぎになった。最後まで乗ろうとバスにしがみつく人を振り切って走るバスの中にいるのは、あまり居心地の良いものではなかったが、Horaizonの荷物の運搬と人間の運搬は分離するというのは、ある意味アフリカの文明の過程ということでもある。そうでないと、南部アフリカのようにミニバスの中で羊や鶏と一緒に乗車することが日常になってしまうからだ。
午後4時46分には、緑の芝生の上に大きなテントがいくつも設営された場所の横を通った。「UN」の文字が見えて理解した。
ここは隣国コンゴからの避難民を受け入れる国連の難民キャンプに違いない。ザンビアのリビングストーンの宿にも、コンゴで国連の指示の下に治安維持に努めているインド軍、ハンガリー軍の兵隊が休暇で遊びに来ていて、コンゴの状況は今は落ち着いているという話を聞いたばかりだった。
普段、CNNやBBCなどのニュースでしか見聞きしないような中央アフリカのコンゴに関して、こんなに普通に見聞きするというのも、国境近くだからこそだ。
午後5時にキソロに到着。朝6時40分にカンパラを出て、10時間20分で到着だ。日没前に到着できたのが、幸いだった。
ここからバスの進行方向に向かって歩いて行くと、やがて道は坂道をあがるようになる。上がって更に進むと、右手にUWAのオフィスが見つかった。
せっかくだからと立ち寄ると、ゴリラ・トラッキングをするのならパーミッションを見せてくださいと言われて、パーミッションを見せると係官は手元の書類に私たちのパーミッション番号と名前などを書き込んでいた。どうやら、事前にここでレジスターしなければならないようだ。そんなことは聞いていなかったが、偶然来てみてよかった。
ロンプラに掲載されている宿Virunga Hotelにでも行こうと思っていたのだが、試しにUWAオフィスで安くて手頃な宿はないかと聞いてみると、Virunga
Hotelを紹介されたので、やはりそこに行くことにした。場所はUWAのオフィスの先を右に入って左手に看板のある宿。
チェックインすると、もう日没近く。とにかく今夜の食事ができる所を探さなくっちゃ。
|
|
|
|
|
|