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2007.07.20
久しぶりの都会、ダーバン
南アフリカ:ダーバン |
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移動の記録でも触れたが、私たちがダーバンで滞在することに決めた宿Banana
Backpackersは街中の下町区域にある。周囲は浮浪者が見られ、通りの一本向こうから先は昼間も行ってはいけない区域なんだそうだ。
Bazbusで一緒に乗って来た白人旅行者は、ダーバン郊外の安全でビーチが目の前みたいな快適な宿に去っていってしまったが、私たちはダーバンでレソト行きの手配をしなければならず、多少危険な区域だろうと街中に滞在する必要があったのだった。
そんな地域ではあるが、目的通り便利は便利な場所だった。
今日中にレソトに近い南アのブルームフォンテン行きのバスチケットを手配しなければならなかった私たちは、宿の人に教えてもらって、近くのショッピングモール内にある「チケットぴあ」みたいに何のチケットでも扱っているという窓口を訪ねることにした。
宿からショッピングモールまでは徒歩15分くらい。道中は整然とした美しい道路が走り、建物も現代建築のピカピカに美しいものがあり、遠くには高層ビルも見えている。
しかし、ともすると中央分離帯の木陰には浮浪者がマットレスを敷いて集団でたまっていたりする。
あー、これはどこかの風景に似ている・・・。
そう、ロサンゼルスに似ている。富が集まる所は近代化されて広い道路と美しい建物ができあがる。しかし同時に、富を目指して挫折した者、富をかすめ取ろうとする犯罪者が集まり、不振人物が町を徘徊することにもなる。ダーバンはそうした富と挫折の入り混じった空気を感じる町だった。
ショッピングモールは2階建てで中央が吹き抜け式になったアメリカでよく見るタイプだ。こういうモールはええっとー、4月にモーリシャスで見た以来だから3ヶ月ぶりかぁ。
久しぶりに大規模なショッピングモールを見て「おおー。都会だ、都会だ」と意味もなく嬉しくなる私たちなのだった。
お目当てのチケット窓口はComputicketと呼ばれる場所で、大型のショッピングモールなどに入っているそうだ。
ダーバンからブルームフォンテン行きのバスについて調べてもらったのだが、担当のインド人女性は一覧を出してくれることなく「インターケープの明日のバスは売り切れでもうない」というだけ。他のバス会社はないのか、今夜発の夜行はないのかと聞き出すと、トランスラックスTRANSLUXの朝9時半発ならばあるとやる気がなさそうに答える。トランスラックスはダーバンからブルームフォンテンまでR210(=US$29.96、2007年7月16日の換算レートUS$=R7.01を使用)で、到着時間は午後7時なのだそうだ。
むむむ。10時間近くもかかって夜にブルームフォンテンのバスターミナル到着かぁ。それならば夜行に乗って明るい時間に到着した方がましなようだ。夜行バスについての情報は、このインド人女性のどこを振っても出てきそうになかった。
隔靴掻痒の感があり「埒が明かん」とバスターミナルに直接行って調べることにした。
バスターミナルはショッピングモールから更に徒歩で20分近くかかる。
車社会になっているダーバンは様々施設が徒歩で行くには遠いなぁ。
DURBAN STATIONと書かれた看板を左に入っていくと、バス会社のオフィスが並んだ場所に出た。かたっぱしから、明日発のブルームフォンテン行きを調査してみると、やはりインターケープという一番メジャーの会社は売り切れ。ここまではインド人女性は正しい。
ところが、今度はトランスラックスの事務所に行くと、ダーバンからブルームフォンテンまでの直行バスは今年の3月でなくなっていると言うではないか。もし行きたいのなら、一度ヨハネスブルクまで行ってバスを乗り換えてブルームフォンテンに行くことになるという。
くっそー、あのチケット売りのインド人女。そんなチケットをいけしゃーしゃーと私たちに売りつけようとしていたのか!あいつのやる気のない態度に見切りをつけてこっちに来てよかった。というかComputicketが使っているソフトがおバカなんだろうけどね。
で、他のバス会社の事務所を1つずつ確認した所、ブルームフォンテンまで行っているのは他にはSA
Road Linkという会社しかなかった。しかも、この会社のバスは午後5時に出て夜中の1時に到着するという。お値段はR175(=US$24.96)とまずまずだが、夜中に到着してどーなるというのだ。
しかし、朝発のインターケープに乗ったとしてもブルームフォンテンでの一泊はまぬがれないだろう。しかも明日の便はないってことは明後日の便になる。こんな所でだらだらしていても仕方がない。SA
Road Linkに乗って、夜中は駅で過ごして朝を迎えよう。
こうして、私たちはこの旅始まって以来、初めての駅での夜明かしを決定せざるをえない状況になった。やれやれ。
チケットを購入して、再びショッピングモールに戻る。食料の買い込みだ。野菜売り場を物色していたら、「Are you Japanese?」と尋ねてくる女性あり。
「Yes?」と答えると、その女性は驚いたことに非常に流暢な日本語に切り替えてしゃべりだした。
「私ね、日本人の夫と結婚して静岡県の清水市に14年間住んでたんです・・・。」
で、中村さんという旦那様も清水の近所の人も本当に親切で、2人の子供も授かってとても穏やかで幸せな14年間だったんだけど、旦那様が亡くなって女手一人で二人の子供を抱えて働かなくてはならなくなり、故郷のダーバンに戻ってきて早10年だという話だった。
それでも日本が恋しくて、日本語を話したくてたまらないのだという。時々、日本人らしき人をみかけては話しかけてみるのだが、ダーバンに日本人はほとんどおらず、中国人ですと言われて終わってしまうことが多いのだそうだ。「でも」と彼女は続けて「今日は本当に日本人の方にお会いできたんですね。あー、私、嬉しいです。本当に嬉しいです」と私の両手をつかんで離さない。
先日も清水市の知り合いから梅干と海苔を送ってもらって、子供とおにぎりを作って食べた話とか、日本の衣料品の縫製の良さとか。この女性にとっては日本は本当に素晴らしく大好きな国だという思いがヒシヒシと伝わってくる。大絶賛にちょっとこそばゆい気分だったが、こんなに日本と離れた場所で、こういう人に褒められるというのは嬉しいものだった。
ほんの15分ほどの立ち話だったが、彼女もとても素敵な人柄だったからこそ、地元で可愛がられて円満な人間関係を作れたのだろうと思う。南アフリカには日本のマグロ漁船が多く立ち寄っていると聞く。遠いようで意外にもつながりの深い南アの現状に触れた出来事だった。
さて、ダーバンといえば海。海岸にいってみよう。
海沿いに続く大通りの路上には土産物屋の露天がずらりと続いている。
南アだけしか観光しない人にとってはこうした土産物屋も役に立つだろうが、品物はモザンビーク以南から見てきたものが全部ここに揃っているにすぎない。
モザンビークやスワジランドなどの安い地域から買い付けてきてここで売っているだろうから、それらの地域に行く人はここで買う必要はなし、ここでは割高になるだろう。
この大通りからいくつかの桟橋が海に突き出している雰囲気もロサンゼルスのサンタモニカに似ている。
海の水の色は都会にしては青く、サンタモニカよりはずっときれいに見えた。
しかし、この桟橋に集まっている人がよくなかった。釣り糸を垂れているのは、趣味で釣りをしているわけではなく、本気でおかずを釣ろうという人が多いようだ。「へーい、ジャパニーズ、俺に何かくれよー」「へーい、ジャップ、薬ならいいのがあるぜ」と声をかけてきて、しまいには飼い犬までがギャンギャンと吠え付いてくる。桟橋の先まで歩いてみたが、雰囲気があまりによろしくないので、さっさと引き返してきてしまった。
桟橋の足元では、サーファーが波を待ってサーフィンをしている。サーフィンをするとか目的があれば楽しい場所なのかもしれない。
宿に戻ると、偶然にも旅行でこの宿に宿泊していたケープタウンに留学している日本人留学生の女性が、一人で泳ぎに行って公衆トイレで着替えていたら、屈強な黒人女性3人に囲まれて金をとられそうになったという話をしていた。ダーバンの町から近いビーチは何かと物騒な感じがした。
たった1日しか町をぶらついていないので、あまり詳しいことは言えない。
もっと知れば面白い場所もあるのだろうが、私たちが出会ったダーバンはこんな感じの町だった。
この宿では、先ほどの一人旅行者の他、同じくケープタウンの英語語学学校に通う3人組の旅行者とも出会った。一番右の男性は韓国人だが日本に1年留学していたこともあり、日本語がとてもうまい。ほとんど普通に話しても聞き取れるし、彼の日本語も問題ない。今は英語を1年間勉強中ということで、こちらもかなりものになるんだろうなぁ。左の二人は日本人。韓国人も日本語が話せるし、夜は外出が危険ということで、滞在中は彼らと毎晩盛り上がって、それは楽しい夜を過ごさせてもらった。
ダーバンは都会で、ちょっと恐々町を楽しんだが、人との出会いは実りある場所だった。
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