|
|
|
|
2007.10.15
初めてのバラナシ、ガンガー、夜のプージャ
インド:バラナシ |
|
バラナシについては、これまで旅で出会った旅人から実に様々な話を聞いてきた。聖なるしかし澱んだガンガー、そこで沐浴する人々、野良犬と野良牛が闊歩する町、生活のために腕を切り足を切り物乞いするカースト最下層者、そうしたカオスに浴してハッシシにふける外国人旅行者、安宿では薬で意識が飛んだ旅行者とドミトリーで枕を並べ、窓のない蒸し暑い部屋に緩くシールドファンが回る町。
聞けば聞くほど、行きたいような行きたくないような町に思えていた。
しかし旅の予定は容赦なく私たちをバラナシに押し込み、とうとうこの町にやってきてしまった。
私たちはどうなってしまうのだろうか。
そんな不安をかかえてやってきたものの、日本人宿として最近人気のフレンズゲストハウスには、日本語が多少話せるラジャさんという若き宿主がいて、そのお父さんが優しく微笑み、宿は玄関で靴を脱いであがってラジャさんの妹たちがピカピカに階段や部屋を磨き上げている。しかも宿はドラッグ禁止だし、私たちは個室に宿泊している。
あれ?思ったよりもきれい。
確かにここに来るまでの道のりで、小道に入った途端に大きな野良牛が細い道を埋め尽くすように座り込んでいるのには驚いたし、牛の巨大な糞を避けながら大きなスーツケースを転がすのに苦労もした。しかし、思ったよりも普通の町ではないかというのが、私の第一印象だった。考えてみたら、非常に数多くの旅行者がここを訪れていて、その誰もがドラッグでラリッているわけがなく、普通にインド人が暮らす町なんだよねぇ。私は今まで聞いていた様々なエピソードで、誇大妄想的なバラナシを頭に描いていたようだった。
宿はガンガー近くに立っている。屋上に上がるとガンガーが緩やかにカーブを描きながらとうとうと流れているのが見えた。
曇ってかすんだ空の下でたゆたうガンガーを眺めていると、下の方から人々の喧騒に混じってシャンシャンとシンバルのような音も聞こえてきて、確かに今までいたアフリカとは違う文化にやってきたのだという実感が高まってきた。
ガンジス川に向かって階段状になった祈りの場所をガートと呼ぶのだが、ガンガー沿いのこの辺りには数多くのガートがある。
宿の目の前のガートは、メインガートと呼ばれる一番賑やかなダシャーシュワメードガードのすぐ右手のガートになる。
午後3時半頃に行ってみると、階段に縦一列に浮浪者のように座り込んだ人々がいて、その横を通りながら階段を下りて行くと沐浴するインド人の姿が見られた。
同時に「ボート、ボートに乗るかい?」という客引きも現れた。ボートに乗って、死者を焼く火葬場ガートや対岸の砂州に行くのが一般的な観光コースになっているのだ。
夕方6時になると、メインガードと宿の目の前のガートではプージャと呼ばれる儀式が毎日行われるので見に行った。
階段が見物の座席になっていて、川にぎりぎり近い場所に5つの台が用意されて、1つの台に一人の若いバラモンが川に向かって座っている。
見物者は外国人ばかりでなくインド人も半数以上いる。お祈り用の生花を売りに来る少女やお菓子を売る若者がひっきりなしに通る。
階段に向かって花屋を営む中年の女性は、階段の端5mくらいは通路として確保しておくのを自分の役割と心得ていて、彼女が通路と認識している部分に人が座ろうとすると、立ち上がって「ここに座ったらあかん!」と権力を振るうのを毎晩の楽しみにしているように見えた。
そんなに偉そうに言わなくったっていいじゃないかと誰もが眉をひそめながら立ち上がる度に、彼女は誇らしげにニヤッとするのだった。
ところが午後6時半になろうとする頃、やや身なりのいい女性の集団がどっかと通路をふさいで座った。お、おばちゃんの出番だ!
と思ったのだが、彼女はこの女性集団には何も言わない。もうそろそろ始まる時間だからいいと思ったのか、自分よりもカーストが上だから言いよどんでいるのか、自分よりも強そうだからやめたのか。真相は定かではないが彼女はもう何事もなかったかのように花の整理にいそしんじゃっている。どういう心境なんだろう。
実際にプージャが始まったのは6時半だった。
5人のバラモンの後ろの真ん中に小さなステージがあり、そこにアコーディオンのような楽器と太鼓と歌を歌う音楽隊がいて音楽を奏でると、マイクで増幅した大音響が辺りに響きバラモンは立ち上がってガンガーに祈りをささげ始めた。
ひとしきり見物してから、今度は隣のメインガードに移動してみた。
こちらはメインガードだけあってより派手な演出になっていた。ロウソクがツリー状になった照明を振り回して音響も更に大きく鳴り響く。
私たちはバラモン達が立っている所よりも一段低い川沿いから近寄っていったのだが、ガンガーには観光客をぎっしりと乗せた船が横並びになってプージャ見物をしていた。その数の多さに驚く。
そしてその手前には我々と同じように舞台を見上げる位置で、これまた多くの人がカメラやビデオを回している。
ステージの横に回ってみると、両脇も人で埋め尽くされていて、後ろ側は階段状になっているので、ここにもまた人がいっぱい。
バラモンは360度観客に取り囲まれて、毎晩毎晩こんなことを行っているみたいなのだ。バラナシのサントリーホールか、ここは。
ガイドブックにもプージャは年々派手になってショーの趣を呈していると書いてあった。そのうちメインガードはヒンドゥー教徒以外は入場料金を徴収されるようになるかもしれない。
午後7時くらいまで見ていて宿に戻ったのだが、この音響は部屋の中まで聞こえてきて、ガンガー滞在気分満喫!
なんて思っていたのも1日目だけだった。2日目になると夜中の2時くらまでシャンシャンと続く音楽やうなるように歌う人声がほとほと睡眠妨害となり、しかも少しだけ休んで明け方からまた何かが始まる。ちょっともう、休んだらどうなのだろうかと言いたくなるくらいに賑やかなのだ。
思い込んでいたバラナシと実際のバラナシはだいぶイメージが違った。自分の目で見て肌で感じてみないとわからないもんなんだなぁ。バラナシは私の誇大妄想ほど幽玄の町ではなかったが、それでも十分にインドらしさに満ちていた。
|
|
|
|