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2005.11.18 Vol.2
二夜連続でガウチョのペーニャへ |
アルゼンチン:サルタ |
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アルゼンチンでも北部に位置するサルタではフォルクローレが有名だということで、数あるペーニャ(フォルクローレライブハウス)の中から、2つに行ってみた。
ボリビアのラ・パスでもフォルクローレのペーニャに行ったが、アルゼンチンのペーニャでは、全く異なる音楽が聴け、異なるダンスが見られたのが良かった。我々がアンデスと聞いて想像する音楽は、長さの異なる縦笛が横にならんだサンポーニャを使った「コンドルは飛んで行く」のような曲だろう。今回のサルタのペーニャも、そんな感じを予想していったら違った。
サルタのフォルクローレは、動物の皮を貼った太鼓とギターを伴奏に、哀愁のこもったメロディーを朗々と歌うのが特徴だった。今回通った2軒とも、口ずさみ難いメロディーで、歌い方は谷村新司かという程喉が開いた歌い方。一緒に歌って楽しむというよりは、歌声に酔うという楽しみ方になるのだろうか。そもそも牛追いのガウチョと呼ばれる人の間の歌だったということで、スタイルもガウチョの衣装を着ている場合もあった。
2軒見てみた結果、音楽はあまり私の好みでないとは思ったものの、スペインのフラメンコの要素が入ったガウチョのダンスは気に入った。今回は一般の人が踊るペーニャに行けなかったのだが、一般人が踊って楽しむペーニャならば、また違った趣だったかもしれない。
○1軒目 11月18日
Pena Gauchos de Guemes ペーニャ・ガウチョス・デ・グエメス
ラ・パスにあるウアリという観光客相手のペーニャがあるが、それと同じようなツーリスト向けのペーニャだという認識で行ったら、本当にツーリスト向けで、あまりにツーリスティックで自分達で盛り上がるグループで行かないと、楽しむのが難しいと思った。
ショーは夜10時半から始まるというので、9時にタクシーで向かった。近くにはシェラトン・ホテルもあり、高級住宅地のような所だった。中に入ると、我々以外には一組の夫婦しかいない。ガラーンとした会場で1時間以上も食事をすることになった。
ガイドブックにはショーチャージ込みのツーリストメニューがあると書かれていたのだが、それはなく、チャージA$5で後はアラカルトで頼んでくれと言われた。チャージも食事もそんなに高いわけではないし、最初に出てきたパンやエンパナーダはすこぶるおいしかったし、テーブルセッティングも豪華だ。しかし、例えばワインのハーフボトルと頼もうとしたら、そんな物はなくフルボトルになってしまうと言われたり(結局ハーフボトルがあることがわかった)、夫が頼んだ食事が間違って出てきたり(これはしょーがないから食べた)など、個人客の対応に慣れていない感じが強くした。
早く来てしまった客の対応に、店側も困っている風な空気が流れて1時間。40人のフランス人老人団体と40人のアルゼンチン人団体。個人は、アルゼンチン人2人、ドイツ人3人がどやどやと一斉に入ってきて、店内にも我々にもホッとした空気が流れた。やがて食卓も賑やかになった10時半、ショーが始まった。
最初は男性3人組み。2人のギターと1人の太鼓というユニットだった。ニッカボッカのようなギャザーがたくさん入ったズボンに、足首がたぐまったような皮のブーツ、上着は短めの襟なしジャケットで、スペインもちょっと入っている雰囲気が面白い。
この3人の男性が、全員大きな声で朗々と歌うのだが、正直ちょっとやかましいな、と感じてしまった。短いフレーズでも、覚えやすい節なら、その曲が流れている間に覚えて一緒に口ずさめる。そうした楽しみが無く、ただ朗々と大きないい声を聞き続けるというのは、一体どうやって楽しめばいいのか、私にはわからなかった。
途中長いおしゃべりと客との掛け合いもあるのだが、我々が座っている席と、その前にいるフランス人には、何のことやらさっぱり理解できず、笑うことも返事をすることもできなかった。
3人は結局、アルゼンチン人のお客さんばかりを向いて話をすることになり、放っておかれたフランス人老人たちは、勝手におしゃべりを始めるし、会場の空気は二分されてしまった。
それでも、最初に聞かれた「どこから来たの?」という質問を受けて、席まで来て「上を向いて歩こう」を演奏してくれたりして、こんな地球の裏側で日本の曲を演奏してくれるのだからありがたいとは思った。が、先日ラ・パスのペーニャで同じ「上を向いて歩こう」で、この曲を知らないであろう各国の人がいる会場を沸かせた、ぺぺ・ムリリョ氏のエンターテナーとしての腕前がどうしても思い出されてしまって、やはり物足りない思いをした。
1時間後の11時半、音楽3人組みが去っていくと、今度は元気な若手ダンサーグループが現れた。
女性の民俗衣装はボリビアと似ており、踊りもペルーのチチカカ湖のアマンタニ島で島人と踊った踊りに似ていた。ペルー、ボリビア、アルゼンチン北部と、音楽は形を変えているが、踊りには似たものがあるのが面白い。
この後、観客も交えてのダンス大会が始まった。我々は珍しい顔をしているので、常に誘われる。いい年をして、お手手つないでみんなでお遊戯している自分が、「おいおい、何やってるんだ?」という気分だったが、この日常あり得ない状況は、朗々とした音楽を聴かされているよりは、面白かった。
こうして観客参加型のダンスの後は、トップダンサー二人がアルゼンチンタンゴを披露してくれた。
アルゼンチンに来たら絶対に本場のタンゴを見ようと思っていたので、ここでも見られたのはよかった。足さばきが本当に凄い。これからブエノス・アイレスで見るのが楽しみになってきた。
そして再びフォルクローレの要素が入ったダンス。が、今回はインディヘナの要素よりも、ガウチョ的な要素が強い。最初に出てきた男性3人組と同じように、男性はギャザーの入ったパンツとブーツ。女性は、スペインのフラメンコの衣装に似たドレスだった。踊りも女性は、手の仕草などにフラメンコの要素が入っているように思われた。特徴的なのは、男性のタップダンスのような動き。足を上下に床にたたきつける動きだけでなく、足の裏の外側も強く床に打ち付ける動きが入ってくる。一見、ステップに失敗して捻挫か?と思うような動きを、立て続けに激しく行うのが変っていると思った。これは一見の価値があると思う。この衣装のダンスでも、我々は借り出されて、ダンスに参加した。こちらのダンスは気に入った。もう少しお時間を頂ければ習得できそうだった。翌日のペーニャでも、このダンスをダンサーが踊っていたので、本当に定番のガウチョダンスのようだった。
そして最後の出演者はガウチョ2人組みだった。太鼓とギターで、又もや朗々と歌う。確かにいい声なんだけど、なぜか入っていけない。
この時間帯にはもう、前に座っていた40人のフランス人おじいちゃん、おばあちゃんは帰ってしまっていたので、我々はステージのまん前の席に陣取って聞いていた。そんな特等席だけど、やはりおしゃべりがわからないので、疎外感。全く残念だが、ガウチョはスペイン語がわかった方が何倍も楽しめるステージ構成になっている、そういうものだとわかった。
深夜1時半。ショーが終了した。どうだろうか?ここは、日本人でスペイン語が堪能で、ステージの演者とちょっと掛け合いしたいという心意気がある人にはお勧めだろう。
○2軒目 11月19日
La Vieja Estacion ラ・ビエハ・スタシオン
今日は地元の人が絶賛するとガイドに書いてある所だった。宿に宿泊しているアルゼンチン人に聞いても、このペーニャはいいだろうという評価だったので、期待も高まった。
場所は鉄道駅近くのBalcarceという通り。夜の10時半を目指してタクシーで降り立つと、カフェやレストランが立ち並び、涼しくなった夜を祝うかのように、道に張り出したテーブルで夕涼みをする人がたくさん出ていて、大変賑やかなところだった。目当ての店の前にも人がたくさん出ていて、すでに演奏が始まっているようだった。
店の入口のすぐ左手がステージになっていて、店内は1階席もステージを見下ろす2階席もすでに満席に近い状態だった。そんな中でようよう空いている席に案内してもらった。
昨日のツーリスティックな薄寒い空気はなく、こちらの方が随分といい雰囲気だった。ステージには若いギタリストが2人と、白髪のシンセサイザー担当の男性が1人いた。シンセサイザーはサンポーニャ風の音をだしたり、太鼓の音を出したりと変幻自在なので、少人数ながらもバリエーションのある音楽を作り出している。
ガウチョスタイルというのは、同じらしく、途中で客とのおしゃべりを楽しみながらコンサートが進んで行く。歌はやはり喉を開いた「男らしい」歌い方だった。
ひとしきり演奏が終わると、ステージの前に1組、そして我々の席のすぐ後ろで1組と、ダンサーが踊り始めた。踊りは、昨日見た中で一番気に入った、スペインのフラメンコの要素が入っているものだった。
今日は店内が狭いので、お客さんの参加もなく、プロダンサーのダンスだけだったが、会場のノリは昨日以上だった。
ダンスで盛り上がって、また同じミュージシャンが出てきて演奏が始まった。時刻は0時をとっくに回っていた。だーれも帰りそうにない。昨日、今日と2晩続きの私は、だんだん疲れてきてしまって、そろそろ帰ろうということになった。
店を出ると、真夜中だというのに、昼間のような賑わいだった。駅を背にして中央の広場まで歩いてみたが、ペーニャは他にもあって、それぞれに盛り上がっていた。中央の広場はカテドラルなどがライトアップされて、夜のサルタもなかなか美しい。中央の広場のカフェにたくさんいる人は、これからペーニャやバーに行って盛り上がる準備運動をしているかのように見えて、宵っ張りのアルゼンチンっ子の夜はこれから盛り上がりそうだった。
翌朝8時半、中庭から快活なおしゃべりの声がするので出てみると、昨日ペーニャのことを聞いたアルゼンチン人の老夫婦が朝食を食べていた。おやじさんが「昨日は楽しんだかい?」と聞いてくるので、「いやぁ、楽しかったけど疲れましたね。夜中の0時半に帰ってきましたよ」と言うと、「何?0時半?」というなり人差し指を上げて左右に振りながら、「それは全然遅くないよ。我々は今朝の4時まで踊っていたんだよ」と誇らしげに言った。おみそれしました。アルゼンチン人のペーニャにかける情熱には、とてもついていけません。
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