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2006.01.27
老舗カフェのタンゴショー |
アルゼンチン:ブエノス・アイレス |
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ブエノス・アイレスで一番古くて歴史のあるカフェ、それがトルトーニTORTONIだと聞いた。ガイドブックには毎週日曜日の夜、カフェ内でタンゴショーが行われると書いてあった。また、エル・カラファテの藤旅館に置いてあった本に、ここでのショーが印象深かったという記述があり、是非見てみたいと思っていた。
そこで一体どんな所なのか、市内観光をしたついでに夕方のお茶がてらトルトーニを訪れてみた。
大きな通りに面したトルトーニは大きなガラス張りの扉の入り口で、初めて入る者を少し威圧しているくらいの貫禄が感じられた。
そっと扉を引くと、中には品の良さそうな白髪の紳士がいて「どうぞ、どうぞ」と招き入れてくれた。高い天井から下がるシャンデリアからの柔らかな光で満たされたカフェは、思ったよりも明るい雰囲気だった。観光客らしい人々のフラッシュの光も見え、老舗とはいえ、こうした観光客も許容していることがわかってホッとしたが、サンダル履きの私たちはどうだろうか?
ウシュアイアの上野亭の壁にこんな注意書きがあった。「アルゼンチンの人はサンダル履きをとても嫌います。外出するときには靴を履くようにしてください」。以来、「アルゼンチンでは靴を履くべし」というが常識だと思っていた私たちは、白髪の男性に「サンダルですので、入っていいものかどうか」と相談すると、「全く構いません」と笑顔で答えてくれたので、入ることにした。それからもう一つ、ここで夜のショーが見られると聞いたというと、左手のカウンターで予約をするように教えてくれた。
カウンターに行くと、「今日はもういっぱいなのですが」と言われた。その日は木曜日。平日でもショーは行われているようだった。そこで、翌日の金曜日のショーの席を予約することにした。席チャージはA$25(=US$7.81、US$1=A$3.2)、ショーは8時半からだが8時の時点で来ていないと予約を取り消されるということだった。
予約もできたことだし、中に入ってお茶でもしよう。黒服のベテランウェイターがたくさんいるカフェだった。中の1人が席に案内してくれる。メニューを見ると、そんなに高い値段ではなかったし、カフェメニュー以外にも、お酒やおつまみ、ステーキなどの食事もあり、なかなかバラエティーに富んだメニューだった。
我々の席は、飲み物カウンターの目の前。様々なお酒の瓶の並ぶ棚の上の方に目をやるとステンドグラスになっていて、この一体も重厚な感じでヨーロッパにいるような気分になる。
このカフェには、アルゼンチンやスペインの有名な詩人や画家や小説家などが集まっては討論を重ねたという歴史があるということだ。このバーカウンターの向いの壁面には、このカフェによく来ていたという女流詩人のレリーフがはめ込んであった。ヨーロッパのカフェ文化と全く同じことが、ここアルゼンチンでも行われていたということになる。
カフェには、小さなお菓子と水と水差しがセットでやってくる。まるで長居を勧めているかのようなセットである。
アルゼンチンでカフェに入ると、だいたいこのようなセットで出てくる。お水のお代わり用の水差しは出てくるところはトルトーニ以外では経験しなかったが、ミニお菓子と水は必ず付いてきた。店によってお菓子が違うので、色々な店に入ってみたくなってしまう。
そんなつもりはなかったのだが、我々も手帳を取り出して、今後の計画を立ててみたりして、ゆっくりとカフェを楽しんだ。
そして翌日。ショーにどんな洋服を着ていこうかと私が迷っている間に時間がどんどん過ぎてしまった。夜7時半にバス停でバスを待つものの、なかなか来ない。とうとう7時50分になってしまった。普段履かないハイヒールとスカートでバスを降りてからダッシュできるか?いや、無理だという判断からタクシーで行くことにした。因みにこの1年間の旅行でこのハイヒールを履いたのは今回が2回目である。「長期旅行でハイヒールを持ち歩いているの。一流レストランに行く機会が、もーしかしたらあるかもしれないと思ってね」と言うと、ニューヨーカーの女性に「なるほどねぇ。あ、でもさぁ、折角持っているハイヒールを履こうと思った時には、流行遅れになっているかもしれないわよ!」と指摘されて、「うひゃー」と思ったことがあった。さすがニューヨーカー。流行のことなど考えていなかった。このハイヒールも流行遅れかもしれないが、スニーカーやサンダル履きよりはましだ。一応カフェに敬意を込めてると感じて頂きたい。
8時には予約が取り消されるということだったが、1分前にカフェに到着。扉を開けると、「ショー見学の方ですね」とすかさず奥の劇場に案内された。やったー、きっとハイヒール効果だわ!と1人で悦にいった。劇場は、昨日のうちに下見済みだったので迷わずに行けた。バーカウンターの奥を左に折れて右手にある。我々の席番号は26番とあり、真ん中の列の、中央よりやや後ろの席に案内された。早く来たらもっと前の方の席になるのかどうかはわからないが、前の方は全部埋まっていた。
といっても全部で60席ほどしかないので、どこから見ても遠いということはないくらいの劇場である。
席は左右と真ん中にテーブルがあるので、各席に人が座ると通路がなくなるくらいにぎゅうぎゅうな感じになる。ショーが始まる頃には、ウェイターが通る度に、ちょっと出ているお腹が後頭部にあたるような状況になっていた。
ショーは初め、バンドが出てきて演奏する。チェロの女性は踊り手かと思うくらいに美しい白人の女性だった。バンドネオンの重厚な感じの男性が花形で、バンドマスターはピアニストの優しそうな白髪の男性らしかった。これにベースとバイオリンが加わって、迫力と哀愁のある音楽を繰り出してくる。やはり、ウシュアイアの「世界の果て号」の駅舎で聞いたのとは大分レベルが違う。やはりここはタンゴの本場なのだ。
数曲が終了してMCが入ると、今度は白人女性と男性のカップルが現れて、生演奏でタンゴを踊り始めた。
その素早い足さばき、柔らかい身のこなしは、まさに私が思い描いていたタンゴの世界そのものだった。そしてその表情。眉間にくっきりと皺を寄せて、こんな悲しいことがあろうかという表情で踊っているのが音楽にマッチして、全部ひっくるめて「うわー、本物のタンゴなのだ!」という世界が目の前で繰り広げられている。余計な脂肪が一切ついていないという体系の女性は、男性の足の間を蹴り上げたり、男性の方にひょいと乗っかったり、アレーッと物凄い角度でのけぞったり、とにかく狭いステージなのに、それを感じさせないアクロバッティーな動きの連続だった。
この組のダンスが終わると、今度は男性歌手の歌になった。こちらも眉間に皺を寄せて、哀愁たっぷりである。歌詞の内容はさっぱりわからないが、きっと苦しい恋の物語なんか歌っちゃってるんだろうなぁ。それでもって、私生活でも浮名を流して、それがまた芸の肥やしになっちゃったりしてるのかしら?と勝手な想像の翼をはばたかせて聞き入っていた。
そして次の組が、な、な、何と、日本人と思しき女性と少し浅黒いアルゼンチン人らしき男性のカップルだった。先ほどのアクロバッティーな女性よりも年齢が高く、その分しっとりとしたダンスだった。最初のうちは、先ほどの女性と比べるとアクロバット的な動きが少ないし、もちろん普通の人に比べたら筋肉質で鍛えてあるのだが、先ほどのほぼ脂肪なしという女性の背中と比べたら、多少脂肪がついているのが気になったが、不思議なことに、この背中のちょっとした脂肪が、見ているうちに物凄くセクシーに見えてきたのだ。浅黒い男性の眉間の皺、ゆったりとしたけだるい音楽、そしてキメ細やかで柔らかそうな背中。こちらも、先ほどとは違った大人のタンゴの雰囲気がビシビシと感じられるのだった。
この一組が終わると、男性歌手の歌とバンドの演奏に合わせて、2組ともが踊り始めた。ステージの広さを思うと、よくぶつからずにこれだけ激しい踊りができるものだという感心する。
午後10時、1時間半に及ぶショーが終了して、拍手大喝采のうちに幕を閉じた。昔ながらの雰囲気を残したカフェでのショーは、ブエノス・アイレスの期待を裏切ることなく、大変に満足だった。一つ難点を言えば、ステージがあまり高くないので、ダンサーの足裁きが前の人でよく見えなかったことである。いい音楽を聴きながら、雰囲気を楽しみ、友人との会話を楽しみ、ふと目ステージに目をやると質の高いダンサーが踊っているという社交の場としてこのショーに来ているのなら、ここは文句なしの所だと思う。しかし、生まれて初めてブエノス・アイレスを訪れ、そのタンゴに目を奪われて、「もっと足を見せてくれー!」という欲求が高まった私たちには、その点だけがちょっと不満だった。もっと足がよく見えるステージはないのか、これが次のショー探しへの課題になった。
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