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2006.01.17
ペンギンの営巣地を訪ねる |
チリ:プンタ・アレーナス |
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パイネ国立公園の出発地点となるプエルト・ナタレスから、更に南のプンタ・アレーナスへはバスで3時間の距離にある。
お世話になったプエルト・ナタレスの宿を朝9時に出発して9時半のバスに乗り、プンタ・アレーナスに到着したのは午後1時近くだった。プンタ・アレーナスには1泊しかしない予定だったので、客引きに来ていた気の良さそうな兄さんについて、バックパッカーの集まる宿のドミトリーに落ち着いた頃には2時をまわっていた。
ここでの見所は、町中に立っているというマゼラン海峡の名前にもなっているマゼランの像を見ることと、夕方発のペンギンの営巣地を見に行くツアーに参加することだった。明日のバスの手配もしなきゃいけない。なかなか忙しいのだ。とりあえず旅行代理店の場所を聞こうと、宿のフロントを訪れると、この宿でペンギンのツアーも明日のバスも手配できるという話だった。時間もないし、バックパッカー相手に法外な値段も取らないだろうという判断から、ここで全て手配することにした。
ペンギンの営巣地のツアーには2種類あった。1つは船に乗ってクルーズしながらペンギンのたくさんいる島を見学するツアー。もう1つは車で1.5時間行った所にあるペンギンの営巣地Seno
Otwayを訪ねるツアーである。Seno Otwayのツアー代金は1人C$7000(=US$13.33、US$1=C$525で換算。営巣地入園料金C$3500あるいはUS$6は含まず)に対して、もっと遠くまで行くクルージングのツアーは倍以上していた。種類は同じだが、見られるペンギンの数が圧倒的に違うという説明だった。うーむ。どうしようか。ペンギンに対して特に熱い思い入れがあってここにやって来たわけではなく、ウシュアイアまでの通過点という意味合いが強かった。しかし、この前にエル・カラファテで出会った男性が、「ペンギン、可愛いんですよ。この年にして、私、ペンギンに目覚めました!」ときっぱりと宣言していたのが気になる。大人の男をそこまで夢中にさせるものがあるペンギンとは一体・・・。
とはいえ、たかがペンギンではないか。ちょっと悩んだものの、初心者としてはあまりお金をかけずに行けるツアーを選ぶことにした。気に入ったら、他にもペンギンのスポットはこれからもあるので、そちらで行けばいい。Seno
Otwayへのツアーは、午後4時45分に宿を出発するということだったので、それまでにマゼラン像を見に行くことにした。
プンタ・アレーナスの街は、プエルト・ナタレスよりもやや都会の雰囲気である。といっても、重い空気がたちこめる南の果てのチリの町という趣は否めないのだが、パナマ運河ができるまでは、マゼラン海峡に面したこの町は、さぞや活気に満ちていたことだろう。
宿から徒歩で10分も歩くと中心地の広場が見えてきて、その中央に大きな像が見えてきた。これがマゼラン像ということだった。
マゼランの足元には、先住民の2部族の像もあり、その1つの像の足先に触ると幸運が訪れるということで、足先はピカピカに光っていた。マゼランに踏みつけにされている先住民の像という、あまりにわかりやすい征服の歴史を物語っている像が、いまだに町の中心広場にあるということが、驚きだった。
これで町の観光名所の見学は終了。明日向うウシュアイアの宿、上野亭に電話をして部屋を予約し、今夜の食料をスーパーで調達し、部屋に帰って休む時間まであった。
午後4時45分。ロビーで待っていると、宿の主人が「Seno Otwayへのツアー参加者は出発です」と声をかけてきた。宿の外に停車している15人乗りくらいのバンに乗り込んで待っていると、運転席には宿の主人が乗り込んでエンジンをかけた。なーんだ。つまりSeno
Otwayのツアーは宿が主催しているのである。車は宿の別館にも寄りながら、我々を含めて5人の客を乗せて、ペンギンの営巣地に向った。
町を抜けると、未舗装の道になり、あたりは羊が草を食む牧草地ばかりになった。パイネの時も思ったのだが、パタゴニア地方は空が大きい。空をさえぎる人工的な建物や電線もなく、視界をさえぎる丘さえもない。だーーーーっと平原が続いているのである。特に今日のように低い雲がたれこめるパタゴニアの草原は、晴れている以上に空の大きさを感じる。地の果てまで雲がずっと見えているせいだろうか。
それにしても、曇っているのは好きではない。空が大きくみえなかろうと、すっきりと晴れていてほしいのである。「いやー、この重い空、いかにもペンギンの巣に向っているぞという感じがしますなぁ。ペンギン日和とはこのことですなぁ」などとおっさん口調で夫と話して、気分を高揚させようとしているうちに、だんだんこの自己暗示は成功してきそうな気配だった。
やがて、本当に地の果てのような所にポツンと小屋が建っている所で車が停車した。ここから先は、草原の中に遊歩道が巡っているのが見えた。どうやらここが営巣地のようだ。「しょぼい。」せっかく高揚してきた気分が、またもや萎みそうになる。
ペンギンの巣という響きから、自分がどんなファンタスチックな光景を期待していたのかわからないが、少なくともこんな寂しい所とは思っていなかった。この小屋で更に入園料を支払うということが、更に気分を落ち込ませた。遊歩道を伝ってペンギンを見て、1時間半後に集合ということで、自由行動になったが、こんな所で1時間半も見るものがあるのだろうか。
遊歩道を少し行くと、全体の地図が出ていた。反時計周りに3角形の遊歩道を周ることになっているようだ。右手の1辺を進みきった所が浜辺になっている。
進路に従って進むと、遊歩道は地面から少し持ち上がった所にできたボードウォークになった。姿は見えないのだが、草むらから「ア゛ーオ゛ー、ア゛ーオ゛ー」と大きな声が聞こえてきた。草原に目を移すと羽を背中の方に倒して上を向いて体を震わせながら咆哮する、しかし小さなペンギンが見えた。あんな小さな体なのに声が非常に大きい。草原は、でこぼこと起伏があり、小さな丘と丘の間がペンギン達の道路になっているようだった。遊歩道は、それを邪魔しないように作られていて、時にはボードウォークの下にペンギンの道が交差している所もあった。
最初は草原の遠くに見えていたペンギンの姿も、ボードウォークのすぐ側でもみられるようになってきた。なるほど、ここは営巣地なのである。ペンギンは子供2匹と両親という4匹の家族を1単位に丘に掘られた巣穴の外あたりでまったりしている。子供たちは、まだ薄いグレーのふわふわした毛をつけていて、大人よりも一回り小さくて可愛らしい。ここに来て初めて楽しい気分になってきた。
夕方は、漁に出ていたペンギンが戻ってくる時間帯らしい。今度は海から帰ってきたペンギンの5匹くらいの一団が、縦1列になってペンギン道路を歩いている姿が見えた。緑の草原の中を、黒と白のタキシードを着たような小さなペンギンが、ちょっと偉そうにそっくり返って列をなして歩いている姿は、田舎のお偉いさんの行列を見ているようで、おかしくて仕方ない。
やがてボードウォークに人が数人集まっているのが見え、近づいてみると、本当に人間の通路のすぐ脇に巣がある所だとわかった。お父さんと思われるペンギンは、既に漁から帰ってきていて、これから一家団欒しようかという時なのに、人間がたくさん集まってきているので、脅威を感じているらしかった。皆ひそひそと話してはいるのだが、これだけ人間が集まっていたら、ペンギンもさぞや落ち着かないことだろう。やがて、お父さんは意を決したように人間の方にずんずんと歩いてきて、ボードウォーク上の人間に向って「ア゛ーオ゛ー、ア゛ーオ゛ー」と鳴き始めた。ペンギンの顔は、真正面から見ると釣り目で怒っているように見える。「家の一家に何か御用でしょうか?ええ?一体何事ですか?」と言っているようで、思わず笑ってしまった。後ろでは、お母さんが子供たちに「今、お父さんが追い払ってくれますから、大丈夫ですからね」と言っているようだった。
更に進むと、海岸に向って建つ見物台があった。この台は海岸に向って壁になっていて、人間の目線の部分の羽目板がはずされていて、海岸のペンギンを観察できるようになっていた。この見物台の左右には柵ががって、人間は浜辺に立ち入れないようになっている。
ここから覗くと、漁から帰ってきたらしいペンギンがうんじゃりといて、羽を乾かしていた。羽が乾いてから巣に戻っていくらしい。
やがて家に帰る一団が浜辺を離れて草原の中に入ってきた。
ペンギンの姿はユーモラスで、人間臭くも見え、アフレコを入れたくなるシチュエーションが多い。この漁帰りの一団なんて、会社帰りのサラリーマンに見えて仕方ない。
「いやー、今日も疲れましたねぇ」
「ちょっと一杯、寄っていきますか?」
「ごめんなさい、今日は下の坊主の誕生日なんで早く帰らなきゃならないんですよ」
「ほほー、いくつになられたんですか?」
みたいな感じに見えるのである。その側で、皆とは交わらずにうなだれているのは、漁に失敗でもしたのだろうか?
一団はしばらく一緒に歩いて行くが、途中から家路が分かれるのか三々五々に散っていく。その様子も「じゃ、家はこっちなんで、ここで失礼します。お疲れ様でした。」というのが聞こえてきそうな後姿。
最初は、何というしょぼい、寂しい所に来てしまったんだろうと思っていたが、この頃になるとかなり楽しくなってきた。しょぼい施設も、なるべくペンギンの自然環境を破壊しないように考慮された作りだということがわかってきた。ペンギンは、本当に普通に生活していた。今までペンギンというと動物園でしか見たことがなかった。なんだかぐったりと眠っていて、係員に餌をもらう時だけ生きているようなペンギンと違って、ここのペンギンは普通に活き活きと暮らしている。仕事も家族もあって、仲間もいて、敵がきたら威嚇して。見ていると様々な性格も見えてくる。四六時中あちこち動き回って、仲間をつっついたりしてちょっかいを出す陽気な奴もいれば、食べすぎで巣の側でまぶたが重くなって眠そうな奴、子供の世話をこまめにしているお母さんもいれば、何だか1人で吠えている奴もいる。地味な施設だし、心を打つような圧倒的な光景があるわけでもないのだが、仔細に見ていていると色んな情景が展開されて面白い。
海辺から離れて2辺目の終わりに行くと、ちょっと階段を上がる物見台が設置されていて、上から営巣地を見られるようになっていた。この物見台のふもとにもペンギンがいた。
ちょっと手を伸ばせば届きそうな距離に野生のペンギンがいる。これは全く驚くことである。実はこのペンギンは、密かに旅行者から食べ物を与えられているに違いない。だから、こうして旅行者の近くに粘っているのだろう。あげるわけにはいかないけど、じっくりと観察させてもらった。展望台にも上ってみたが、あまり驚く光景ではなかった。本当に、この営巣地はどこまでいっても地味なのだ。
こうして3角形の遊歩道を楽しみながらグルッとゆっくり周っても1時間しか経っていなかった。あとの30分は、入り口の小屋の外に設置されたベンチに座って休憩していた。他のメンバーは時間ぎりぎりになるまで、ペンギンを見て、最後は小走り気味に戻ってきた。私たちは、こういう地味な施設で、自分なりの楽しみをみつけて自然と遊ぶということに慣れていないのかもしれないなぁと思った。遊歩道で出会ったスペイン語圏の家族の男の子なんて、目をきらきらさせながら、「ほら、こっちにもいる、あっちにもいる。」とペンギン観察に夢中になっていた。スキーを楽しむにはスキーの技術が必要なように、自然を自然のままに楽しむには観察眼というスキルが必要なようだ。
ペンギンの営巣地ツアーはとっても地味だったし、驚くほどペンギンの数が多いわけではないが、安価に野生のペンギンの普通の生活をたっぷり見られて、案外面白かったし、行ってよかったと思う。そうそう、もう一つの値段の高いペンギンクルーズに参加した日本人に話を聞いたら、大きな岩の上にこれでもかという数のペンギンがいて(宿の人の話では5000頭はくだらないだろうということだが、本当か?)、物凄い光景だったという話だった。彼は全くペンギンツアーに行くつもりはなかったそうだが、「いやー、行ってよかったですよ、面白かったー」という感想だった。2つのペンギンツアーは、全く異なる面白さがあるようだ。
ペンギンの子供たち。 |
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