|
|
|
|
2006.10.10
宿探しで見えた哀しみのブダペスト
ハンガリー:ブダペスト |
|
今回のブダペストでは宿にあてがあった。ウィーンの韓国人宿にちらしが置いてあった「ヘレナハウス」だ。
ハンガリー人のヘレナさんという女性が経営している宿なのだが、彼女が日本人ウェルカムなので、宿泊客のほとんどが日本人というバックパッカーの拠点になっていると聞いていた。一泊EUR5、ドミトリー、バス・トイレ共同、キッチン利用可。ウィーンから比べたら、同条件で宿泊費四分の一になる。いいじゃない。
予約はしていないが、10月という中途半端な時期を思えば部屋は空いているだろうと、ブダペスト駅に到着してから、まわりの客引きには目もくれず、一路へレナハウスに向かったのだった。
と、こ、ろ、が。私たちの勝手な予想に反してヘレナハウスの10ベッドは全て埋まっており、更に1人が持ち込んだ寝袋で宿泊するという大盛況ぶり。参った、参った。こんなんだったら、駅の客引きから、チラシくらいもらっときゃ良かったなぁ。
ヘレナさんは50代くらいだろうか、痩せて小柄でガラガラとしゃべる様子は上品とはいえないが、ある種の温かみは感じられる。「ま、ケーキでも食べててよ、友達に連絡してみるから」と、手作りケーキを持ってきて、友達に電話しはじめた。
こういう時の私はちょっと複雑な気分だ。確かに親切心もあって電話してくれているのだろうという気持ちが半分、あとの半分では、なぜ単純に他の宿の名前と住所だけ教えてくれないのかという疑念。宿は自分の目で見て、気に入れば宿泊するし、気に入らなければ断る。これは当然なのだが、知り合いからの紹介で便宜を図ってもらったりすると、断りづらいというのが日本人の心理だ。そうした心理を逆手に取られているようで、こういう場面になると、必ず嫌な気分がするのだ。
弟が経営する宿も満室、その他の安宿も満室のようだった。で、結局、最近アパートをリニューアルして人に貸し出しているという友人の部屋がみつかり、ダブルルームのアパート一室EUR30で貸すという。ヘレナハウスの向かいにあるホステルが一人一泊EUR19というなんだから、二人で個室でEUR30は安いでしょ、というのだ。
通常EUR60で貸している所、ヘレナさんの紹介だから特別に半額だって。あーあ、何だか予想通りの悪い展開になりつつある。ホステルの値段も本当かどうかわからなし、ERU30というのが、ここで高いかどうかもわからないうちは宿泊するわけにはいかない。部屋は見せてもらうが、駅に戻って市場調査してからじゃなきゃ借りられない。そんな事情をヘレナさんに言ってみたものの、あまり英語が通じていないようだ。
仕方なく、ヘレナさんには「とりあえず、見にいくけれど、気に入らなかったら宿泊しないからね」と英語で伝えたものの、通じているんだかどうだか。
ヘレナハウスよりも更に一駅中心地よりにある閑静な通り。大きな扉のインターホンを押すと、ビーっと音がして扉が開錠された。建物はスペインのように中庭のある回廊式になっていて、訪ねるアパートは最上階にあった。
エレベーターを降りると、白い派手なフレームの眼鏡をかけてサブリナパンツをはき、日に焼けた金髪のショートカットの50代の女性が、くわえタバコできびきびと対応してくれた。英語はそこそこできる。アパート自体は古い造りなのだが、この部屋は最近リニューアルしたそうで、玄関の扉を開けると、その先は驚くほどきれいな部屋が待っていた。
私たちが驚く顔を嬉しそうに眺めながら、やり手の金髪おばさんは言った。「通常ならERU60なんだけど、あんたたちがヘレナの友人ってことで、特別に半額にするのよ。こんないい部屋を半額なんて本当にラッキーよねぇ」とのたまう。もう、完全にこちらが借りると思い込んでいる。
キッチンも見せてもらったが、皿類はあるものの、鍋が一つもない。その点を質問すると、部屋が汚れるからレンジだけの使用で料理はしないでほしいという。ここで、この部屋の価値がぐっと下がる。毎回外食するくらいなら、キッチンなしのもっと安いホテルでもいい。私たちが日本語で話し合っていると、雲行きの悪さを察知したのか、鍋は出すし料理もしていいからと譲歩してきた。
「それにしても」と私は切り出した。ここの物価がわからない。宿の価値もしらない。もう少し街を見て、他の宿も比較検討してから決めたいと伝えると、きた、きたーーーー。やり手の金髪は怒ったねぇ。「どうして?こんな破格の値段なのに。おかしいんじゃない?どこ行ったって、こんな値段じゃ借りられないのよ」。おっしゃる通りかもしれないし、おっしゃる通りじゃないかもしれない。それをこれから街に出て確かめてくるんです。と伝えると、やり手の金髪はがっくしと肩を落とし、無言で出口を指差した。「出て行きなさい」と言わんばかりに。そこに畳み掛けるように「それでもここが一番だったら、戻ってきますからねー」と言うと、背中を向けたままうなずいているのがわかった。
こういう人は今まで出会ったことがない。お互いにそんな感想を持ったに違いない。EUに加盟したとはいえ、街の至る所で共産主義の面影を残すブダペスト。物やサービスは与える側が偉くて、与えられる側は感謝すべきだという風潮が色濃く残っているのだろう。資本主義になって、与える側になったやり手の金髪は、まさか自分が本当に安く提供してあげている物件が断られるなんて考えもしていなかったのだろう。資本主義社会から来たくそ生意気な東洋人に初めて出会って、ムカムカしているに違いない。
一方私は私で驚いていた。今までのパターンだと、客を逃すまいとして強気に出てくるやり手は、急にがっくしと肩を落とすことなんてなかった。あくまで強気で、交渉が決裂した場合は、「そうは言っても君はここに戻ってくると思うよ、存分に見てきたまえ」という自信がある態度を取るか、本当はだまそうと思っていたのにうまくいかなかった場合は、客といえど去り行く背中に呪いの言葉を吐きつけるというのが常だ。
新しいパターンだ。資本主義になりたてのもと社会主義者パターンだ。
彼女を傷つけてしまった。私たちももう少し人を見る眼を養ったら、やさしく対応できたかもしれなかったなぁ。
そんな反省をしつつ、再び到着した東駅に向かった。さっき振り切った客引きに宿の写真を見せてもらい、値段を確認していく。EUR30の個室は、さっき見せてもらった部屋よりもずっとシャビーだった。なるほど、やり手の金髪の言うことは正しかったようだ。
もう一つ、かつて日本人宿として名を馳せていたマリアハウスを訪ねてみることにした。東駅から徒歩15分くらいもあるだろうか。さっき駅にもいたマリアさんは、戻ってきた私たちを嬉しそうに迎えてくれた。部屋を見せてもらうと、ヘレナハウスより汚い。おまけに一人も宿泊者がいない。「あなたたちだけなので、実質プライベートルームなのよ」と嬉しそうにマリアさんは語ったが、汚くとも日本人宿に宿泊するのは、他の宿泊者から情報が得られるメリットがあってこそだ。一人も宿泊者がいないんじゃ、何の魅力も感じられない。おまけに値段を聞くと「一人EUR15」。「いやぁそれじゃぁ、高すぎて泊まれませんよ」と言っても、値段を下げて言ってくるわけでもなく、哀しそうに微笑んでいるだけだった。やり手の金髪といいマリアさんといい、宿探しをして、ブダペストに住む人の顔が少し見えてきた。みんな戸惑っている。商売をしてお金を自由に儲けることができるようになったものの、商売の方法がよくわかっていない。
で、結局やり手の金髪の所に戻ることになった。大きな扉のブザーを押してインターホーンで名前を告げると、無言で扉が開錠された。あ、まだ怒っている。やり手の金髪は、最初に出会った時のパワーをすっかり失って、戻ってきた私たちをうざそうに迎えてくれた。これも意外。普通嬉しそうにするでしょうに。もう二度と見たくない奴から金をもらわなきゃいけない、そんな哀しさが彼女の表情にあった。
この街に到着して初日、哀しみの漂う街という印象を持った。
|
|
|
|