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2006.11.01
世界遺産「パムッカレの石灰棚」
トルコ:パムッカレ |
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トルコの中心から少し西に行った所にあるパムッカレには、岩山を覆うように流れ出していた温泉に含まれる石灰が長い時間をかけて堆積し、棚田のような風景を作り出した石灰棚がある。
2006年9月にNHKの世界遺産という番組で紹介されていたのを偶然目にして、「何と美しい所だろう!」とパムッカレ行きに期待が膨らんだ。
雪のように真っ白に輝く石灰棚に温泉の水が流れ込み、青空が映りこんで、青空の棚田のような風景が広がっている。そんな風景を夢見て、私たちは少しずつパムッカレに近づきつつあった。
その期待をやや裏切る発言を聞いたのは、ウィーンでのことだった。ホステルの同じ部屋に宿泊することになったトルコ人の男性が、「うーん、今は観光客が多くなってしまって、そんなに美しい所でもなくなってしまったんですよね。あまり期待しない方がいいですよ。」と言われたのだった。
その後、イスタンブールに入ると、実際にパムッカレを訪れてからイスタン入りした人から、直近の情報を聞くことができた。いわく、夏のシーズンも終わり、温泉の水が石灰棚に張られる機会が少なくなってきたというのだった。確かにNHKの番組の中でも、石灰棚に水をためたままでいると、棚の中に苔が生えてしまうので、時々水を抜いて乾かして美しさを保護しているという内容や、棚を乾かすために、全部の棚に温泉水を流さずに一部だけに水を流しているという内容もあった。
しかも、もう寒くなっているので遺跡が沈んでいるプールも閉鎖されている可能性もあるのだという知らせを聞いた時は、かなりがっかりした。が、とにかく行ってみようということで、パムッカレまでやってきたのだった。
様々な肉声のお陰で、NHKの素晴らしい映像技術切り取り術で膨らんだ幻想はかなりしぼみ、現実的な気分でのパムッカレ入りだったので、村に近づいて、遠めからちょっとよごれた春の雪山のようなパムッカレの岩山が見えてきた時も、あまりがっかりせずに済んだ。
パムッカレの岩山が孤を描くようにそびえている、その懐側に村がある。大型バスで乗りつける観光客は、岩山の頂上にあるパーキングから入ってくるが、村から棚田に入るには、孤の右手の坂道をだらだらと登っていくことになる。パムッカレ到着2日目の朝9時、私たちはこの坂道の入り口で入場券を買い(TRY5=US$3.37)、そのまま坂道をのぼり続けた。
ほどなく、ここから「土足禁止。靴やサンダルは脱いでください」という注意書きの所へ到着。石灰に覆われた部分の始まりだった。
実際、裸足であるくには痛い部分もあった。自然の造形故にきれいに石灰に覆われている部分ばかりでなく、時にはゴツゴツした岩の地面も部分もあるのだ。斜面には、いつも温泉の水が通る部分が水路のようになっていて、上の方に行くと、そこに轟々と湯が流されていて、その中を歩くのがとても気持ちよかった。
だいぶ登ってきて振り返ると、所々に水も溜まって期待していた青空の棚田の風景に近くも見える。(んー、でも無理があるか。)
湯は上に行くほど温度が高くなり、一番高い所まで行き着くと、もうもうと湯煙も出て温泉場の雰囲気になっていた。日本人としては、この湯煙って奴をみるとどーもテンションが高まる。
今まで歩きにくいだ、足がイタイだ、水路の石灰のたまり方が人間の食道の内部みたいで気持ち悪いとか、色々と憤懣もございましたが、湯煙を見たとたん、「いいねぇ、いいねぇ」と満面の笑顔になった。
足湯のできる水路の眼下には石灰棚の風景が広がってはいるのだが、水は全く入っていなかった。残念。
頂上に到着すると、もう一度靴を履いて、今度は登ってきた坂道よりも、もっと右手に回り込む散策路が作られていたので、そちらに行ってみることにした。
こちらも、見事に段々になった棚が見られた。
やはり水が入っていない。ここ全部に水が張られて、青空が映り込んでいるのを見たかったなぁ。
この散策路の一番端、そこからまた坂道で岩山を下っていく斜面になって、ようやく3つほど湯が張られた棚田を発見。
そうそう、これこれ。こういうのが見たかったのだ。真っ白な石灰でできた池に透明な水。美しい空の色が映っている。
ここまで下の村から歩いてきて約1時間。この散策路の背後には遺跡もあるし、遺跡の沈んだプールもある。確認しに行くと、今日はプールは開いていて中に入っている人もいた。パムッカレの世界遺産は一度入場料金を支払えば、その日は出入り自由だ。一旦、下の村まで戻ってお昼ごはんを食べてから、午後はプールに入って遺跡を見て、まだ見ていない左側の棚田を見に行くことにしよう。
村へ降りる道すがら、この日最高の青空になった。下から見上げる棚田が白く眩しく光ってきれいだった。
お昼ごはんを食べて、もう一度同じ坂道を登ってみたものの、相変わらず棚田に水は入っていなかった。ちょっとは期待していたんだけど、もう今日は入らないようだ。
棚田はもうさておき、午後からは遺跡と遺跡プール。パムッカレの岩山の上には、保存状態の良い(補修も入っているのだろうが)円形劇場がある。
ちょっとした丘になっている劇場まで、おっちらおっちらと登って、劇場内部に立ち入ってみた。
結構、大勢の人が観劇できるサイズの劇場だった。温泉に入って、演劇見て、極楽、極楽。というローマ帝国の考え方には多いに賛同できる。これでおいしい物があればなおいい。パムッカレは、有名な棚田に水を入れることができないのなら、他の観光資源で食べていかなくっちゃいけないだろう。温泉と演劇。ここでオペラを見て温泉に入る、夏の音楽祭をやったら面白いのにね。
ここの遺跡は、柱の根元だけ残っているものや、アーチの上の方の飾りだけがゴロンとしていたり、あまり形になっていないものが多かった。
じゃぁ、遺跡はこんな所にしてプールに入りましょう。
そう、その名も「アンティーク・プール」というのだ。このプールの周りにはカフェもあり(とても高いそうだが)、プールに入らなくとも、ここでお茶だけすることも可能だ。
午後になってちょっと雲が出てきてしまった。といっても、ここで辞めるわけにはいかない。棚田に水が入っていなかったのだから、遺跡の沈むプールにでも入らなければ、ここに来た意味が半減するってもんだ。
入り口でプール代金、一人TRY18(=US$12.16)を支払おうとしたら、この寒空に入ろうとする日本人に敬意を表してか一人TRY16(=US$10.81)におまけしてくれた。え?そんなに寒いのか?
水着に着替えて外に出ると、カチカチと歯の根が合わなくなりそうな寒さだった。小走りで、温泉プールに入る。おおお、温かい。
じわーっと温かさが体に広がった。ってことは、体温よりは若干高い温度だということになる。
最初の通路のような所を進んでいくと、やがて遺跡がゴロゴロと転がっているプールに出る。
水中から撮影してみると、水中ではないかのごとく、平然とフツーにプールの中に柱がゴロゴロと転がっていて、面白い、面白い。
みんな思い思いの柱に座ったり寝そべったりしてプールを楽しんでいた。
ここでミュンヘンから来たという日本人ピアニストとその奥さんに出会い、お互いにあまり知ることのない生活を披露しあって楽しんでいたのだが、同じ場所にずーっとじっとしているとだんだん寒くなってきてしまった。
ここの水温はやはり38度くらいなのだろう。もっと晴天ならばよいかもしれないが、この時期で曇っていると、水のなかでじっとしていても体は温まってこなかった。温泉としての効能は薄いのかもしれないなぁ。
でもね、遺跡はプールサイドから見るよりも、プールに入って水平な視線で見るほうがずっと面白い。
だからぎりぎりの気温でも、入って良かったとは思っている。
こうして十分に遺跡温泉を堪能し、ガツガツと歯を鳴らしながら大急ぎで着替えた私たちは(あはは、やっぱ寒いんじゃん!)、岩山の左手の棚田の様子を見て、パムッカレを終了することにした。
午後4時近くになっていたが、岩山左手の棚田にも水は入っていなかった。むむむ。ずーっと左手に向かって歩いて行くと、いくつか水の入っている棚田を発見。低くなりつつある夕刻の太陽の日差しを受けて、空がきれいに見えていた。
結局、一日パムッカレで遊んだ。
朝の放水で足湯を楽しみ、午後のプール、夕刻の石灰棚の風景と、シーズンオフながら、なかなか充実したパムッカレの滞在だった。
日本からの団体客にも数組出会ったが、1日丸々パムッカレで過ごしているグループはなく、午後ばかりだったと記憶している。
こうした団体客は、パムッカレの岩山の麓にある村ではなく、そこから車で40分ほど離れた温泉の出る村に宿泊しているのだそうだ。そちらの村で出る温泉は50度と、遺跡の沈む温泉よりも温度が高い。こういう寒い時期になってきたのなら、そちらの村を拠点にするのもいい考えだと思う。
しかし、どうせパムッカレまではるばる日本から来るのであれば、温泉の出る村に拠点を置いたとしても、丸一日パムッカレで遊ぶくらいしないと、「折角来たのに、水が入っていない石灰棚を大量に見せられて終わった」と不満の残るパムッカレになってしまうのではないだろうか。朝から夕刻まで、移り変わる空の色や、パムッカレの高台から眺める周囲の山々の景色を、十分すぎるほど堪能してこそ、世界遺産のパムッカレを訪ねたと言えるのではないだろうか。
この温泉の出る村とパムッカレの間には、トルコでドルムシェと呼ばれるミニバンを使ったローカルバスが走っている。タイムスケジュールを押さえておけば、自由に行き来することができる。
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