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2006.11.20
旧市街2時間45分散策。ウマイヤド・モスクが面白い
シリア:ダマスカス |
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シリアという国に入って10日目。最初の都市アレッポから体調が崩れていた私は、最後の都市ダマスカスに入ってもずっとお腹を壊しっぱなしの日々だった。日ごとに気温が下がり北半球は確実に冬に入っている。南に下っているとはいうものの、どの都市も夜になると急激に冷え込み、それが気分を一層滅入らせていた。
シリアの首都ダマスカス。観光としての見所の多くは城壁に囲まれた旧市街であるオールド・ダマスカスにあるらしいと聞いても、心が躍る要素はなく、とりあえず観光だけはしておきましょうと気力を振り絞って出かけるという有様だった。少なくとも相棒の夫は全くの健康体であることが、せめてもの救いだった。
宿は新市街にあるものの、旧市街の入り口まで徒歩15分で到着。シリアという国自体と同じく、首都もとても小ぶりなのだった。
のっけから長い屋根に覆われたアーケード街。中東ではこうして屋根に覆われた商店街をスークというが、午前9時半のスークはまだ半分くらいがシャッターを閉じた状態だった。
それにもかかわらず、数多くの観光客が私たちと同じ方向に向かってあるいている。
そう、このスークの先にはイスラム教第4の聖地であり、世界最古のモスクである(ガイドブックの受け売りです)ウマイヤド・モスクがあるのだ。第4だか最古だかは知らないが、とにかく店も開く前からぞろぞろと、日本の1月下旬の浅草くらいの人(つまり、ぎっしりってわけじゃないけど、かなり多い)が出ていた。
モスクは朝10時に開く。それを待って大勢のムスリムたちが門の前に集結していた。
今までトルコからイスラム圏に入っていたわけだが、こんなにすっぽりと真っ黒な装束の女性達を多く見たのは初めてだった。
ここにはイランから聖地ツアーを組んで多くの観光客が来ているというから、おそらくイラン人だろう。イラン人ってのは、本当にすっぽりと頭から巨大な布を被って全身を隠している。しかしよく見ると黒いばかりではなかった。濃紺に黒の小さな模様が入った布や、黒にこげ茶の模様が入った布など、よく見ると微妙に違う。日本人の感性で見ると風呂敷や引越しの布団袋の柄(唐草)みたいなのもたくさんあり、風呂敷を頭から被っているようにも見える。サンダルはいちゃったりして、田舎のおばちゃん丸出しみたいな人もいた。
ここは10時からなので、先にその奥にあるアゼム宮殿から見学することにした。アゼムとは18世紀にダマスカスの統治者であったアッサード・パシャ・アル・アゼムのことで、彼の邸宅跡だそうだ。ハマにもアゼム宮殿があったが、同じく彼の邸宅だったそうだ。もっともハマのアゼム宮殿は、入り口に人もおらず、中も修復したいのか修復中なのかはっきりしない小汚い所だったが。
地図を頼りに歩くと、ハマのアゼム宮殿と同じく白黒の横ボーダーの入り口を発見。アゼムさんの趣味だったのか、当時の流行だったのだろうか。
小さな入り口から中に入ると、中庭を取り囲むうように建物が立っている、小さいながらも居心地のよさそうな宮殿だった。
シリア国内の観光スポットでは大抵そうなのだが、ここもシリア人は外国人観光客の入場料金SP150(=US$2.77)の10分の1くらいで入れる。だからというわけでもないが、中には小学生がたくさん見学に来ていて、私の後も5人くらいの子供が付いてきた。彼らにとっては、歴史的な建造物よりも、異国から来た東洋人の方が面白いに決まっている。その気持ちは私もわかる。
わかるが、いい加減うるさいし、こいつら段々増長してきている。ってことで、途中であしらってお別れした。
展示品は数々の財宝ってわけではなく、シリアの民族衣装や昔の生活の蝋人形での再現など、民族博物館となっているのだった。
1階のひさしを下から見上げてみると、おやと思うほど精巧に丁寧な装飾がしてある部分もある。
民族博物館としての展示は蝋人形を多様しているのだが、これがまた男性のマネキンをむりくり女性として使っていませんか?というのが多いのだ。どうみてもおっさん顔なのに、女性の衣装をつけられた蝋人形は困っているようにも見える。民族がどうのというより、シリアには女性のマネキンがいないのではないか、という点が非常に気になる展示だった。
さぁ10時半、ウマイヤド・モスクもオープンしたはず。さきほど見ていたスークを抜けた正面はイスラム教徒専門の入り口で、外国人の入り口はその左手から入った中庭の更に奥突き当たりの右手(ああ、わかり辛い)にあった。やっとたどり着いて外国人用の入り口まで行くと、まずもっと手前の入場券売り場でチケットを買って来いといわれる。
ったくわかりにくいったらありゃしない。イスラム教徒以外は来るなといわんばかりの歓迎振りだ(実はそうなのかもしれない)。同じように迷っているフランス人のおばちゃん2人組みもいて、4人で肩をすくめるばかりだった。
言われた通りに戻っていくと、右手にチケット売り場があった、あった。中に入るなり、係員は私を見て「ナンバル、ツー」と言って顎をしゃくった。なんじゃー?しゃくった顎の先には、ねずみ男のような衣装が番号ごとに区分けされてぶら下がっている。
どうやら女性はこの衣装を着けなくてはいけないようで、男は私のサイズを2号と判定したようだった。
言われた通りにナンバル・ツー(No.2)から上着をとって羽織る。前がマジックテープになっているので、ショルダーバッグをかけたまま前を留めると、恰幅のいいモスリムおばはんの一丁上がりである。
「あのー、ナンバル・ツーは袖も丈も長いんですけどー」と一応英語で言ってみたが、「ゴー、ゴー」とか言われちゃって、もうこの衣装で行けっつーことですな。どこかの独裁政権の一族になった気分でモスクに向かった。
そうそう、この衣裳部屋兼チケット売り場(モスク入場料金はSP50=US$0.92)を出ると、例のフランス人のおばちゃん2人が外から様子を観察していた。私がこの衣装で出て行くと、「オーララー、これを着なきゃいけないのー?」と大騒ぎ。「そうです。女性はこれを絶対に着なきゃだめなんです」と私がいうと、二人はまた肩をすくめて「それは着たくないわねぇ」とモスク入りは諦めたようだった。ま、フランス人の沽券にかかわるファッションだろうというのはうなずける。
おばちゃんは尚も話しかけてくる。「で、入場料金はいくら?」「SP50ですね」と私。「あ、もしかしてSP50支払ったら、そのコートもらえるのかしら?だったら払ってもいいわよねー」って、そんなわけないでしょ。返すんですよ、これ、借り物ですから。そう言うと、二人はまた「オーララー」と肩をすくめた。この人たち、何だかたくましいなー。
悩む2人は後にして、私たちはモスクに向かった。中がだだっ広い空間で回りに回廊式の建物が建っている。
だだっ広い空間には大理石が敷き詰めてあり、しかも濡れていた。モスクで礼拝する前には、足を洗いましょう。これがモスリムの習慣らしい。濡れた足でそこら中を歩くので、びちゃびちゃしているのだ。私も靴下を脱いでこれに応戦した。
ぐるーっと辺りを見渡すと、一箇所だけ人だかりができている場所がある。その前には黒尽くめの女性が座り込んでいるし、入り口は押すな押すなの大混雑。一体これは何事なのだろうか?
これは潜入するしかない。日本の朝のラッシュアワーで培った技を使って、平常心で人混みに入り込むとするすると中に押し流されていった。
入り口でギューッと人に押し出されて中にポーンと飛び込むと、ガラーンと広くてぜんぜん混雑していない。
要は入り口が狭いから、そして出る人と入る人の交通整理を誰もしないから、そして何故か先を争って入ろうとするからあんな混雑になるだけなのだ。
でも、この状況を放っておいているのは、故意なのかもしれない。朝の山手線を知らない人にとっては、あの混雑を経てここに入るととても有難いような気持ちになるだろう。この心理的な高揚を宗教的高揚の効果に使っているのかもしれないなぁ。日本人、とくに都心に住む人にとっては何でもないのだが。
さて、ガラーンとして見えた空間の先にも、いくつかの人だかりが出来ているので、果敢にも再び人だかりにつっこんでいく。
一つは銀色のプレートが壁にかかっている所で、皆このプレートに触れたくて必死で群がっているのだった。
もう一つは鉄格子に囲われた小さな小部屋の中にもう一箇所触りたいプレートがある。
あのプレートに触り、拝むことが聖地巡りの一つの到達点らしいのだ。
私たちも2つの儀式に揉まれて、もとのガラーンとした空間に戻ってホッと息をついた。
日本でもかつて伊勢参りというのが人々の願望であり、人気の宗教的行事だった時代があった。しかし、江戸時代ですら、伊勢参りの目的は単に宗教というよりは旅の楽しみだったんじゃないかなぁと思うと、やはりイスラム教の人の宗教のあり方と日本人のそれとは随分違うという気がしてならない。
この21世紀にして、これだけの大人の心を捉える宗教というパワー。これが政治権力者の目に留まらぬはずがないなぁ。そんな事が実感できるウマイヤド・モスクだった。
ガラーンと広い空間で、再び出口の混雑に挑もうとしていたら、私と同じねずみ色のコートを着た見知った顔の女性が二人。例のフランス人おばちゃんだった。
「なーんだ、やっぱり入ったんだねー!」と場違いな再会の喜びの後、それにしてもこの混雑はスゴイねぇというと、1人のおばちゃんが、やおら右手の人差し指でコメカミを指してクルクルとまわした。ああああ、それはきっと世界共通のジェスチャーだから、ここでやっちゃぁまずいでしょう。と言ってもあまり英語も通じないもんだから、必死に「頭おかしいよ、この人たち」みたいな事を言い続けている。ま、ま、それはいいから早く出ましょうと、私たちはちょっと冷や汗をかきながら外に向かった。フランス人のフランス人らしい一面に大笑いが止まらない私たちだった。
オールドモスクは、アゼム宮殿とウマイヤド・モスクを見学したら、あとはスークをぶらつくのみ。アゼム宮殿の先に「まっすぐな道」と呼ばれる所があったので、行ってみたが、まっすぐではなかったのが面白かったくらい。お土産物を物色する目的でもない限り、スークで見るべきものはあまりなかった。
こうしてスークの途中でアイスクリームを食べたりして12時頃には宿付近に戻ってきた。ダマスカスの見学はこれで終了だ。本当に全部歩いて周れる。あまり面白くもないだろうと思っていたダマスカスだったが、ウマイヤド・モスクが予想以上に興味深かった。ここは行く価値あり。
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