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2006.12.18
ルクソール西岸の観光
| エジプト:ルクソール |
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ルクソールの西岸は全てを見て周ると20〜30kmは移動することになる、とガイドブックに書かれていたのは本当だと思う。
「だからといって12月のこの時期、宿の勧誘にうかうかと乗ってお高いツアーに参加する必要は全くありません」と事前にルクソール入りしていたアキコさんからミクシー経由でメッセージが入った。
アキコさんは長期短期の旅を数多く行った旅の大先輩(私たちよりもお若いですが)。彼女のメッセージは信用するにたるものだと思っている。
アキコさんは続けて、「私は自転車で回りましたが、余裕余裕の楽勝。貸し自転車はフェリーで西岸に渡ってからも借りられます。値段はふっかけてきますが、EGP7.5(=US$1.25、2006.12.18レートでUS$1=EGP5.98)までは落ちるので頑張りましょう。」と貴重な情報をくれた。
この情報をもとに、まず第一線は宿の主人と交えた。西岸は想像するよりも大変に広いので自転車では無理だという。私どものツアーなら安全楽チンに全てを見ることができます。お値段はたったのEGP240(=US$40.13)と持ちかけてきたのは、まだ宿の値段も聞く前だった。
ツアーは「メムノンの巨像」、「王家の谷」、「ハトシェプス女王葬祭殿」、「ラメセウム」を見て、お昼ぐらいに帰ってくるという内容だった。入場料はツアー代金に含まれているというものの、他にももっと見所のある西岸を半日だけで済ませて帰ってくるのはもったいないし、料金も自転車で回るのと比べると格段に高い。
だから、自転車で行きますというと、値段はがくっとEGP190まで下がり、囁くように「いえね、西岸の道路は大型観光バスがびゅんびゅん走っていて危ないんですよ。先日もね、外国の観光客の若い女性が自転車で観光していて交通事故にあわれたばっかりでねぇ」と畳みかける。
それでも「私たちは古代エジプトのロマンスの風を体に受けて走りたいのです」というと、とっても嫌そうに「もちろん、お客様の自由意志ですので御随意に」とやっと引き下がった。もちろん、この後の部屋の値段が倍額につり上がったのは、ツアー不参加と関係があるに違いない。
こうして宿の勧誘を振り切り、18日の朝9時頃に西岸に渡るフェリー乗り場に到着。昨日訪れたルクソール神殿の入り口の辺りだ。
このフェリーはローカルフェリーなので料金はEGP1(=US$0.17)だ。ここでは、私設フェリーを行っている客引きが、ローカルフェリーと同じ値段で連れて行ってやるから往復でチケットを買えだのと言ってくる。ぜーんぶ無視して、無事にローカルフェリーに乗り込んだ。ったく朝から商売熱心な奴らだ。
朝のフェリーに観光客の姿は少なく、逆にローカルエジプト人は通勤ラッシュなみにたくさん乗っていた。
西岸というと王家の墓場のイメージで、観光客とその関係者以外に人はいないのかと思っていたので、このラッシュぶりには驚いた。後で岸にあがってわかったことなのだが、西岸の王家の墓までには町があり、ここにも多くの人が生活しているのだった。
対岸までは5分ほど。朝のナイル川クルーズを楽しんでいると話しかけてきた男がいる。あっやしーなぁと思いながらも、船の上では逃げるわけにもいかずに会話を続けていると、やはり彼は自転車屋の店員で客引きモードになってきたのだった。
彼の言い値は一人EGP20(=US$3.34)。アキコさんからの情報がなければ、これでも十分に安いのでちょっとした値引きで決めてしまうところだったが、私たちには情報という強い味方がいる。いやいや、そんなはずはないでしょう。EGP3でどうかとこちらも予定の半額以下から交渉を開始。
「冗談でしょう」と彼はあっはっはと笑って手を横に振り、それならEGP15でどうかと言ってきた。いやいや、EGP3はくずせないね。というと、君らは自転車を中国にでも持って帰って売るつもりかと言う。それならEGP12でどうだと、もう少し下がってきた。
ここで船が到着したので、彼について店まで案内して自転車を見せてもらうことにした。船は王家の谷などに続くメインロードよりも右よりに到着するので、船を降りたら左へ進む。駐車場の向うにあるアスファルトの道がメインロードだ。客引きの自転車屋は川べりから1軒目だった。「上海なんちゃら」と書かれた中国製の自転車。二人でタイヤは大丈夫か、サドルの高さはどうかと点検して、その辺りを走ってみた。とりあえず、走れる。
で、EGP5、二人でEGP10でどうかというと、二人でEGP20まで値段が下がってきた。夫が客引きの手を取って、無理やり握手しながら「なぁ、マイフレンド、それじゃぁEGP14で決めちゃおうよ」というと、客引きは夫を完全に中国マフィアだと思ったらしい。ふるえながらもEGP15でお願いしますと最後の攻防に出た。ま、そんなものだろう。結局EGP15で話をまとめた。ふーん、うちの夫もやるときゃやるもんだ。
借りた自転車に乗って、早速観光開始。ほどなく貸し自転車屋が何軒が並んでいるのを見て、なんだかそちらの方が新しい自転車に見えてくるが、帰りはぎりぎり川べりまで自転車でいけるのでいいとしよう。
天気は快晴。オアシスらしい緑に囲まれたアスファルトの道路を快適に走っていった。
最初の観光スポットであるメムノンの巨像(無料)までは、途中で用水路用の運河を渡ったりしながら15分くらい走るので、途中で不安になって人に尋ねたりもしたが、結局メインロードをとにかくまっすぐに進むとメムノンの巨像が右手に見えてくる。
新王国時代絶頂期の王アメンホテプ3世の像だそうで、この後ろには彼の葬祭殿があったのだそうだが、後の王たちが石材として使用して完全破壊された(「地球の歩き方」の説明より)とある。
絶頂期の王だったのに、後の王に石材を使われてしまうという話が、何とも物悲しさをかもし出す坐像で、坐像自体もよく見ると風化が激しく、細かい所はボロボロとしてしまっているが、それでも座っている姿は残っている。そして巨像という名にふさわしく、本当に大きな像で、これから待ち受けている見所を期待させる導入としては上出来な存在感がある。
ここから少し進んだT字路の左手に入場券販売の小屋がある。ルクソール西岸は、見所ごとに入場料金を設定しているのだ。王家の墓、トゥトアンクアムン(ツタンカーメン)の墓、ハトシェプスト女王葬祭殿というメインの見所以外の入場券のみを販売していて、ここで買わないと現場では販売していない。
私たちは慎重に見所を考えて、午前中に王家の谷、ハトシェプスト女王葬祭殿、貴族の墓、午後から王妃の谷を見てまわり、時間があったらラメセス3世葬祭殿を見ることにして必要なチケットを購入した。貴族の墓は、何人かの貴族の墓の組み合わせチケットを買うようになっていた。どの組み合わせがいいのかよくわからないが、ガイドブックを見て墓の内部に宴会の図と徴税の図が描かれているという、ナクトとミンナの墓を選んだ。
このチケット販売所でもらった地図をもとに、今日のコースを説明するとこんな感じ。

チケット販売小屋のあるT字路から右折して、まずは一路ハトシェプスト女王葬祭殿をめざす。ここに自転車をとめて、右手の山を徒歩で越えて山の向うの王家の谷が第一の観光ポイント。山を登っていかなきゃならないので、朝の暑くなる前に一仕事してしまおうというのがミソだ。
王家の谷へは、右にぐーっと迂回する自動車道路のコースもあるのだが、山の上から王家の谷やハトシェプスト女王葬祭殿を見てみるのが面白いとある人から助言を受けて、行ってみることにしたのだった。
王家の谷からハトシェプストに徒歩で戻って、ハトシェプストの見学。それから貴族の墓、王妃の谷、時間があればチケットオフィスでラメセス3世葬祭殿の入場券を買って行くという計画だ。
チケット小屋からハトシェプストまでは20分。まずまずの出だしだ。
観光の目玉の一つであるハトシェプスは、かなり手前に駐車場があり柵で仕切られた先は徒歩でしかいけないようになっていた。この柵に、日頃から荷物保管に使っている自転車のワイヤーをくくりつける。このワイヤーが本来の目的で使われたのは、この旅始まって初めてのことだった。
最初に王家の谷を見てからハトシェプストを見学する予定だったが、王家の谷への上り坂は、駐車場の柵の向こう側にある。駐車場から中の敷地に入るには、荷物検査を経なければならず、その時にハトシェプストのチケットの有無も聞かれる。というわけで、ますハトシェプストのチケット(EGP26=US$4.35)を購入し、それから荷物検査を受け、敷地内に入ってから王家の谷への坂道を登るという手順になった。
手荷物検査を受けて敷地内に入ると、一人のエジプト人男性が近寄ってきてハトシェプストのチケットを見せろという。男の手には、もぎったチケットの半分が大量に握られていたので、うっかり信用しそうになった。しかし、広大な敷地に入ったばかりでチケット拝見のカウンターでさえなく、ハトシェプストへの道の途中だ。他の観光客は、私たちの横をぞろぞろと通り過ぎていく。おかしいではないか。なぜ、ここでチケットを見せなければいけないのか。執拗にチケットを見せろという男に対して、「私たちは王家の墓に行くのから」と答えにならない答えをして、山の坂道を指差して強引に男を振り切った。
この男にチケットを見せてしまうと、正しいチケットもぎりの場所で再度チケットを買わされるかもしれない。そしてこの男にキックバックが入るのかもしれない。それとも正規の係員だったのかもしれない。しかし、ルクソールに入ってからというもの、「近寄ってくるエジプト人を見たら泥棒と思え」というくらい悪人三昧なので、このくらいの警戒度で丁度いい。
ハトシェプストの葬祭殿まではまっすぐな道が続いており、道は両側から盛り土されたように少し高い所にある。
葬祭殿がまだ遠くに見えている段階で、道を右に降りて右手にそびえる丘の斜面に細々と連なっている坂道を目指す。
葬祭殿への道が観光客の王道のように続いているのに比べると、この獣道のような斜面は「勝手に歩いていいのですか?」と品行方正な日本人観光客なら言いそうな道だが、行っていいのである。
途中かなりきつい斜度になる部分もあるが、10分も上り続けるとハトシェプストを上から眺められる所に出る。大きな岩に抱かれる様に葬祭殿が建てられていて、女性ながらもファラオとなった人の偉大だった姿が偲ばれる。この景色を見ると、ここまで上ってきた苦労が報われる気がした。


ウネウネと続く道を振り返って見たところ |
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道はハトシェプストの右手の丘の尾根沿いにずっと先まで続いていて、この道に沿って更に15分も歩くと、本当にハトシェプストを真上から見られる位置に来る。
建物の中庭には人が豆粒のように小さく見えている。
この写真の後ろ側は更に丘を上がるようになっているのだが、一番高い所に監視小屋のような家が建っていた。
ああ、と思い出した。ルクソールでテロ事件があったのは、このハトシェプスト女王葬祭殿だったのだ。
もしかして、テロリストはこの位置から観光客に向けて射撃したのじゃないかと思うと、にわかにゾクゾクとしてきた。
ここから数分歩くと、今度は右手の眼の下に王家の谷が見えてくる。20分も歩くと、王家の谷に降りていけそうな細い道が幾筋か通った斜面を見つけることができた。この辺りまでくると、バクシーシ狙いのおやじたちが道案内をしようと、カンダダのごとく下から上がってくる。おやじたちをかわしながら、ヒョイヒョイと降りていかねばならなかった。
ハトシェプスト側から上り始めて王家の谷に降りるまで50分かかった。景色を楽しみながら来たこともあるが、帰りにも40分はかかると思わなくてはいけない。
時刻は11時半。考えていたよりも時間がかかったなぁと思いながら見学しようとすると、チケット販売所がここから徒歩で15分も離れた所にあるというではないか。そうなのだ。普通は王家の谷は地図でいうと右側からぐぐーっと周り込んで、大きな駐車場でバスを降り、チケットを購入して、土産物屋などが並ぶ参道を楽しんでから観光場所にたどり着くようになっている。私たちは突然王家の谷に到着してしまったので、バスの駐車場まで戻ってチケットを買わなければならないのだった。
この番狂わせで、チケットを購入してから戻って墓見学するころには12時近くになってしまった。
王家の谷で観光の目玉とされているのはトゥトアンクアムン(ツタンカーメン)の墓。これ1つでEGP80(=US$13.38)もする。他はどれか3つの墓を選んで見る事ができるチケットでEGP70(=US$11.7)。
私たちは3つの墓を見学するのみ、ということに決めていた。先日、王家の谷に行ってきたというシンゾウさんという一人旅の60代の男性と夕食を共にした。シンゾウさんは語った。「日本から団体旅行できた年寄りってのは、皆ツタンカーメンの墓に入っていくわけよ。それでね、俺はどうしようかなって思案しながらツタンカーメンの墓の前に座って考えていたわけ。するとね、団体の日本人がぞろぞろと出てきたからさぁ、聞いたわけ。面白い?って」。
シンゾウさんの現地アンケートによると、中身の財宝は考古学博物館に収蔵されているためにツタンカーメンの墓の中には見るべきものは何もなく、何かを期待して入った日本人のほとんどが、「入らなくっていいんじゃない。つまんないよー」という感想をもらしていたのだそうだ。ツタンカーメンの墓の感想については、同様の意見を既に2、3人からも聞いていて、やはりそうかと確信して、今日は3つの墓の見学だけをすることにしていたのだった。

あまりの美しさに思わず撮影(フラッシュなし)してしまったら
係員に追いかけられ、階段を駆け上って逃げ切った。
どの墓も写真撮影は禁止だったのだ。それにしても何故撮影禁止
なのだろうか?理由がよくわからない。 |
私たちはラメセス1世、3世、6世とラメセスばかりを選んで見ることにした。ラメセス1世の墓が一番壁画が多く美しく残っていた。修復されているのかどうかわからないが、色彩も剥げておらず生々しい。今までに写真などで幾たびも眼にしているはずのこうした壁画だが、地上から階段で地下に降りて、ひんやりとした空気の中、石棺があったであろう玄室でこの壁画を見てみるのは全く違った印象がある。初めてここを発掘して壁画を見た人の驚きは如何ばかりであっただろうか。めくるめく古代ロマンってやつが否が応でも興奮を高めてくれる、そんな場所だった。
3つの墓を見終えると12時半。計画が大幅にずれてしまったので、とりあえずここで持参したパンとフルーツで昼食。ラメセス1世の墓のそばには、気持ちのよい休憩所があった。
12月とはいえ、この時間になるとサングラスでTシャツ半袖で丁度いい。夏にきたら、耐えられない暑さになることだろう。
午後1時、同じ道をたどって王たちが眠る墓を後にすることにした。上から見ると谷であることがよくわかる。
まだ発掘されていない墓もいくつかあるようで、これからまた凄い壁画の墓が更に発掘されるのかもしれない。そんな話を聞いたらまた来よう。
帰りは迷うことも景色に没頭することもなく、さくさくと道を進んだので、ハトシェプストの目の前まで来るのに40分。
なかなかいいペースだった。
それにしてもハトシェプストから王家の谷へのミニトレッキングは期待以上に楽しかった。各々の見所を上から見る事ができるだけでなく、王家と貴族の墓一体の赤茶けた風景の先に青々としたオアシスのサトウキビ畑が見え、その遠くにかすかにナイル川のさざめきが見える気がして、今日通ってきた一連の景色が一望の元に見渡せたのもよかったなぁ。でもこれは冬限定のお楽しみ。夏に歩いたら相当へばるだろう。
ハトシェプストは中央の幅広なスロープを上って2階部分の奥を見学することになる。午前中のパノラマの興奮に比べれば展示物は今ひとつ面白みに欠けるというのが正直な感想だ。
一つにはこちらの勉強不足で、何が何やらわかっていないためというのがある。こういう時はガイド付きの観光旅行がうらやましくなる。
もう一つには、とてもきれいに修復されすぎているために作り物のディズニーランドっぽい臭いがするのが好みでなかったのかもしれない。仔細に見れば色の残っている趣のある壁画や、スカラベ(昆虫、糞ころがし)をモチーフにしたカルトゥーシュ(ファラオごとに決められたマーク)の掘り込まれた柱や、フクロウを彫刻した石棺など面白いディテールはあったが。
午後1時50分、ハトシェプストを後にして貴族の墓に向かった。自転車は無事に柵にくくりつけられていた。がっちりとした自転車ワイヤーのお陰だ。
地図で貴族の墓あたりにさしかかったのだが、小さな村が見えるだけでそれらしい場所が見当たらない。駐車場があって人がいるので、近寄って聞いてみると、貴族の墓はここから行くのだという。バクシーシ狙いのおやじが「駐車場のこの、私が示すまさにここに自転車を置きなさい」と地面を指差す。そこは別に駐車場のある場所に過ぎない、意味もない場所だった。言われた所には絶対に置かないように別の場所に自転車をくくりつける。
さて、貴族の墓はどこにあるのだろうか。するとどこからともなくエジプト中年男性が近寄ってきて「貴族の墓は村の民家の中に点在しているので、観光客だけでは到底見つけることはできない。私が一人EGP20(US$3.34)で案内してあげよう」とさも親切顔で売り込みをかけてきた。
いやいや君の案内はいらないから、と断って村の中に向かって歩き出しても尚も付いてくる。村の入り口には墓の番号の矢印が表示されているのだが、これがローマ字と数字の墓番号しか書かれておらず、私たちが購入した貴族の墓が何番なのかはチケットには書かれていない。何という不親切さ!
困惑する私たちの後ろで、例の男が「ほーら、やっぱりわからないでしょう?さぁ、私と一緒に行きましょうよー」と言ってくる。回し蹴りをくわらしたい衝動を抑えつつも、どうしようかと思っていたら、とっても知的で小奇麗なエジプト人女性が白人2人を引き連れて通りかかった。
やったー!高級旅行者様だ。白人のカップルに事情を話して、彼らのエジプト人ガイドにちょっと道を聞いてもいいか尋ねてみると快諾。ということで、エジプト人女性ガイドに道を聞こうとすると、例の男が横から割り込んできた。「貴族の墓を探すのは、素人だけじゃ難しいよね。自分じゃ行けないよね?」と男は知的エジプト人女性に同胞のまなざしを向けて同意を促した。さぁ、彼女はどうでるか。
すると知的エジプト人女性ガイドは、「いいえ、難しくありませんよ。自分で行くことができます。私たちも近くまで行くので一緒に行きましょう」と例の男を一蹴した。偉い!さすが知的高給エジプト人女性ガイドだ。「ヘヘーン、残念でした、あんたなんかいらないってよー!」という思いで、例の男に「自分で行けるってことなんで、じゃぁ、ここでお別れしましょうね。」というと、めちゃくちゃ悔しそうな顔でやっと引き下がった。
とはいえ、知らないとここは探すのが難しい。
メインロードから見て、駐車場の右手に村に向かう上り坂があるので、その坂を上っていく。するとバクシーシとは関係のない、清いエジプト人村人がいるので、こっそりと「ミンナの墓はどこですか?」と聞くと、指差して教えてくれる。
村は全体として丘の斜面に作られているのだが、家々の間に斜面をくり貫いて墓が作られており、墓の目の前まで行くと英語で解説パネルが立っている。
入ろうとすると、中からエジプト青年がのっそり出てきて「はい、チケット見せて」と言うのだった。こんな所に一日中はりついて、来るかどうかもわからない客待ちをするもぎりの仕事は辛そうだった。中は博物館のように、ショーケースがあったり、解説パネルが立っていたりして、こんな寂れた村の中に埋もれるようにある墓にしては、しっかりと整備されている。のっそりした青年は、私たちにくっついて周り、何かを説明しようと狙ってくるのでゆっくりと見ることもままならなかった。墓内はそんなに広いわけじゃない。5分くらいでくるーっと見て周ると、余計な説明をされないように、次の墓の場所だけ聞いてサーっと走り去った。そうなのだ、1つ目の墓さえ見つけられれば、後は墓守(というか学芸員)に次の墓は教えてもらえるので、1つ目を探すことだけを頑張ればいい。
2つ目に向かう途中で、先ほどの高級白人観光客カップルと再会。彼らは親切にも私たちの行き先を尋ね、「ナクトの墓なら、入り口に木でできた車輪がある所よ」と教えてくれたので、ますますよくわかった。
ここも、地面を掘ったような場所に墓の入り口があった。
墓への階段をおりていると、丘の上から嬉しそうに駆け下りてくるエジプトおやじあり。
チケットを拝見というので、まずチケットを渡すと、いきなり「えっへん、それでは解説します。まずは、内部は暗いので私の助手の力を借りて、内部に光を与える所から始めましょう!」とちょっと演技がかった調子で語り始めた。
ほほー。これが噂に聞いていた墓だったのか。貴族の墓の場合は、墓の内部が暗いとバクシーシおやじが3人くらいで鏡を手に持ち、太陽の光を上手く反射させて内部を照らし出してくれるという話は聞いていた。
ナクトの墓は確かに懐中電灯で照らさないとよく見えない暗さで、懐中電灯も持っていなかったので、そのままバクシーシおやじの世話になることになった。
頭にターバンのように白い布を巻きつけ、足元まである長いワンピースのような衣装のバクシーシおやじが合計3人。もっと右、もう少し左に向けて。などと甲斐甲斐しく鏡の角度を指導しながら、見事に内部の壁画を照らし出す。
照らし出された壁画を前に、最初のバクシーシおやじは「えー、これは牛ですね、で、これが女性と子供。麦を収穫して運んでいる図ですね」とか説明しちゃっているけど、誰が見てもそんなことはわかるっつーの。1つだけ解説で面白かったのは、女性が頭の上に何かを乗せている図の前に来た時だった。古代エジプトでは女性は香料の塊を頭の上に乗せていて、太陽の熱で溶けることでいい香りを発していたとバクシーシおやじは言うのだった。それは新しい。この説明にはお金を払う価値があると思った。
バクシーシおやじに「写真は撮ってもいいのかしら?」と聞くと、私たち以外には誰もいない墓の中で、辺りを見渡してから小声で、「いいから、いいから、撮っちゃいなさい、さ、今のうちに撮っちゃいなさい」と芝居がかって言う。エジプトの高田純次みたいな人だなぁ。面白すぎる。
全ての解説が終了して、「はい、バクシーシ」とEGP1(=US$0.17)を渡すと、エジプトの純次は「いやいや、旦那様、我々は3人でこの仕事を致したのでございます。もう少しいただけないと、ちょっと困りますなぁ」と言ってきた。
いや十分でしょうと夫と純次が押し問答している所に、もっと高級そうな白人観光客が訪れ、3人はにわかに色めき立った。この瞬間を逃さず、私たちは彼らに別れを告げたのだった。
村の駐車場に行くと、先ほど地面を指差してここに駐車しろと言ったおやじがまだ居座っていて、「はい、駐車場代金のバクシーシを払って」なとと言ってくる。はいはい、はいはい。と言いながら当然何も支払わずに脱兎のごとく駐車場を後にした。
王妃の谷へは、最初に通ったチケット販売小屋を左手に見てまっすぐに進む。
舗装された道はある所でかくっと右に折れているので、その道にそってひたすら進むと王妃の谷に到着。
貴族の墓の駐車場から王妃の谷まで自転車で15分の距離だった。時刻は午後3時10分。この一体の見学は午後4時で終了するので、ぎりぎりだった。
大型バスから降りてくる観光客に物売りのエジプト人が群がるのを横目に、私たちはスーッと王妃の谷に入ることができた。
王妃の谷のチケットはここで購入。一人EGP25(=US$4.18)だった。王妃の谷の最大の見所であるネフェルトアリの墓はいまだに修復中のため、他3つの墓を見学。

ティティ王妃の墓の入り口。おちゃめなおやじ。
バクシーシは取られなかった。 |
最後の駆け込み観光時間で、狭い墓の中は多くの観光客であふれていた。
王家の谷も見ごたえのある壁画が多かったが、王妃の谷もなかなか面白かった。
内部は相変わらず撮影禁止のため、見せられる写真がないのが残念だ。
午後3時44分。帰途につくことにした。時間があれば見ようと思っていたラメセス3世葬祭殿までは至ることができなかったが、それでもルクソール西岸が満喫できた。
王妃の谷からチケット販売小屋へは緩やかな下り坂。調子よくサーっと自転車を進める。途中徒歩で同じ方向へ向かうバックパッカーの白人青年が、親指をつきたてて「ヒッチハイクプリーズ!」などと冗談をかましているのを気持ちよく追い越して・・・。
おや?旦那がいない。後ろを走っていたと思っていたのだが振り返ると旦那が消えていた。しばらく待ったが姿が全然見えてこない。これは何か起こったなぁと、引き返すことにした。先ほどのバックパッカーが「おお、俺を迎えに引き返してくれたのか」と喜ぶ姿を通り越し、王妃の谷の入り口から程ない所に、夫とエジプト人が固まっているのが見えた。
夫の自転車のチェーンがはずれてしまったのだった。
丁度、工具を持ったエジプト人が車で通りかかって、ねじ回しでチェーンのネジを開けてくれたので助かった。「俺はエンジニアだから任せろ」と言っていたエジプト人は、チェーンをうまくひっかけて、蓋をしてネジを付け始めた。
数箇所のネジがある場合は、一箇所を急激に全部締めてしまうと、反対側が浮いてしまってうまくはまらない。そんなことはエンジニアでない私でもわかることだ。しかし、このエジプト人は、一方をキューっと締めてしまったために、反対側のネジが入らない理由がわからないらしい。
「ネジが一つはまっていないけど、これで大丈夫だから」と、道具をしまおうとするので、「俺もエンジニアだから」という夫が押しとどめて、ネジを緩めさせて全部にちゃんとネジがとまるようにやり直してもらった。エジプトのエンジニアの質が見えるできごとだった。
エンジニアは冗談めかして「バクシーシ頂戴よ」と言ってきたが、彼の上司である洋服を着たエジプト人が「いらないから、いらないから」と言ってくれたので、何も支払わずに済んだ。やはりバクシーシというのは下級階層の人の習慣なんだなぁ。
暮れ行くオアシスを走って、午後4時半近くに川べりの貸し自転車屋に到着。
チェーンがはずれたのは、メンテナンスされていなくて、ドロドロに汚れているせいだったので、その件を伝えた。他にも、私の自転車のハンドルと本体のネジが緩んでいたので、急ブレーキをかけるとハンドルがガクッと前倒しになってしまうのも、ネジを締め直しておくように伝えた。自転車を借りるにしても、チェックポイントが色々あるのを勉強させてもらった。
午後4時43分。オレンジ色に染まるナイル川を渡って、東岸へと戻る。
夕刻のナイル川にフルーカ(帆船)の影が美しい光景だった。
今日一日ルクソール西岸をよく走り、よく歩いた。自転車で世界旅行している旅人に時々遭遇するが、彼らの満足感を少し味わった一日だった。
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