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2006.12.23
ナイル川対岸と中州を訪ねる
| エジプト:アスワン |
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アスワンはまずはアブシンベル神殿へのツアーの拠点となる町だが、アスワン自体に見所がないわけではない。
ナイル川の対岸(西岸)には貴族の墓があり、その北側にはこの辺り一帯に住むヌビア人の村が広がっている。ルクソールから来た私たちは、もう貴族の墓を見るのはいいとしてもヌビア人の普通の生活を垣間見られるのなら、それも面白いだろうと考えた。
また、ナイル川にはエレファンティネ島とキッチナー島という2つの小島が浮かんでいる。エレファンティネ島にはアスワンの古代博物館があり、キッチナー島は植物園がある。いずれの催し物にも興味は沸かなかったが、島から見るアスワンの風景は見てみたかった。
ナイル川対岸とこれらの島を巡るには、どうしたらいいのだろうか。アスワンの駅前にある観光インフォメーションを訪ねて、聞いてみることにした。
一つの方法は、アスワン名物のフルーカと呼ばれるキャンバス地の帆を張った帆船をチャーターする方法。もう一つは、市民の足にもなっているフェリーで西岸、あるいはエレファンティネ島へ渡る方法がある。
フルーカはルクソールにもあり、ナイル川の岸辺を散策していると20mおきごとくらいに執拗な勧誘をされた。
埃っぽいルクソールで見るよりも、清々としたナイル川が美しいアスワンで見るフルーカの方が魅力的だった。一昨日、ここに到着した日の夕刻、ナイル川沿いのカフェで涼をとりながらフルーカを見ていたら、ちょっと乗ってみたいなぁという気がしないでもなかった。
1時間のチャーター料金の相場は帆船一台でEGP75(=US$12.54、2006年12月18日の換算レートUS$1=EGP5.98)だと聞いている。しかし、規定料金があるわけではなく、値段はあくまでも交渉だ。アスワンに一緒にツアーに行った白人の何組かから聞いた話では、必ず交渉後、船に乗り込んでから、値段が変わったり、もっと長く乗って料金を吊り上げようとする話が持ちかけられているようだった。
この話を聞いて、折角の清々とした風景が煩わしい交渉ごとで濁ってもいやだなぁと思い、フルーカは乗らずに見るだけと決めた。
市民の足になっているフェリーは2箇所から出ている。西岸に出るフェリーは、アスワン駅からまっすぐにナイル川に出た所よりもやや南に下った所から。エレファンティネ島へ行くフェリーは、それよりもずっと南に下った所から出ている。「いずれのフェリーも運賃は片道一人EGP1(=US$0.18)だからね」と、インフォメーションの男性はアスワンの観光パンフレットの地図にフェリー乗り場をぐりぐりと丸で囲った上に料金も手書きしてくれた。
早速、観光インフォメーションから近いフェリー乗り場に向かった。
地元の人ばかりが乗っている小さな船は、左から3分の1くらいが女性の場所、残りが男性の場所に分かれていた。イスラム教徒の国とはいえ、エジプト国内でバスや電車が男女にわかれていることはなかった。しかし、ここでは昔の因習がいまだに残っているようだった。
対岸に渡ると左手に小山があり、ここが貴族の墓。
ガイドブックによると、ここからヌビアの村に行くには車をチャーターしなきゃならないなどと書いてあるが、少し先に村のようなものが見えているので、とりあえずそこまで歩いてみることにした。
一緒に船に乗って来たヌビア人達は、ピックアップトラックに乗っかってザーッと去っていってしまった。あの車がバス代わりになっているらしい。アラビア語ができれば、ピックアップに乗って村に行くこともたやすいのかもしれない。
道の右手には生活用水に使われているのか運河がずっと続いていて、オアシスらしい風景を見せてくれた。
運河沿いに歩いて行くと、左手にポツポツと民家が見え始め村が始まってきた。
褐色の肌色に縮れた髪、真っ黒な大きな瞳が可愛らしい子供が、何かを言いながら近寄ってくる。可愛らしい。何々?と耳を傾けると、「モネー、モネー」と手を出してくる。興ざめだ。
乳飲み子を抱いた母親が通りすがりに、親指と人差し指と中指をすり合わせるジェスチャーでお金をねだってくる。
なんちゅう村だ。物乞い村になってしまっているのだろうか。ホームレスやストリートチルドレンというわけでもなく、普通の村人らしいのが、更に疎ましい。こういう行為に出る村人も腹立たしいが、こういう事をするということは、物乞いに応じて金を与える多くの旅行者がいることをも物語っている。ラメセス2世の后を出したヌビア人の誇りはどこに行ったのかとがっかりする出来事だった。
こうして村の辺境を歩いていても埒があかないので、羊のつながれた家の横から村の中に潜入してみることにした。
細い道に入ると、村の中は未舗装の砂地の細い道が迷路のようにつながり、その砂地と同じ色の塀が連なる家々が続いていた。ある角を曲がると、老婆が突然あらわれて何かを説明しそうな雰囲気だった。やばい、逃げろ。ルクソールの神殿でバクシーシ狙いのおやじに出会った時を思い出し、細い小道から小道へを足早に村の奥に入っていった。
とある家の塀に目が留まる。
この家の塀にはメッカの様子と船でメッカに向かったということが書かれている。
この辺りではメッカに行った人がいる家は、行った日付とメッカの様子とメッカに行った時の乗り物を家の塀や家自体に書いて祝福するのだそうだ。
絵を眺めていたら、流暢な英語で話しかけてきた若いヌビア人の女性が近寄ってきた。
彼女の案内で、ヌビア人の女性についての学術研究をしている白人女性の本を見せてもらったり、村の生活についての話を聞かせてもらったりした。
この家は彼女の両親の家だが、裏手に広めの敷地があり現在そこに旅行者が宿泊してヌビア人の生活体験をできる施設を建設中なのだそうだ。内装ができあがった部屋には手作りの民芸品なども置いてあり、ゆくゆくは土産物も販売していきたいと彼女は語った。
「ハイビスカスのお茶はいかがですか?」と勧められた所で、幼い妹達の写真と家の写真を撮影させてもらい、わずかな謝礼を払って、その場をあとにした。村に入ってすぐ物乞い風の人に出会ったためによからぬ印象を持ったが、彼女のように、女性ながらも将来のために英語を勉強し展望を持って事業を起こそうとしている人を見て、遠くファラオの后になったネフェルトアリの末裔を感じることができた。
この村の奥に村とナイル川と東岸を見渡せる小高い丘がある。
丘の上には人影もなく、誰に追われることもなくゆっくりと休憩することができた。
茶色い村の風景の向こうに緑の木々が繁り、青いナイル川が続く。気持ちのいい風景だった。
丘を下って、もとの道に戻って考えた。ヌビアの村に行ったらもっともっと激しい客引きやら、物乞いやらの攻撃にあうかもしれない。
折角、やる気に満ちた爽やかな若いヌビア人女性にも出会えたことだし、ヌビア人の印象をこんな所に留めて去るのがいいんでないかい?
ってことで、以上、ヌビア村でしたと実況中継をしながら、船に乗って東岸に戻ってきた。9時半に船に乗って、戻ってきたのが11時。1時間半の旅だった。
昼食を摂って、午後からはエレファンティネ島に行ってみようってことになった。
朝乗ったフェリー乗り場よりは、かなり左手に歩いていった所に、エレファンティネ島行きのフェリー乗り場がある。フルーカ乗りの客引きが、テレビゲームの邪悪な敵のように、左手から右手からビヨヨーンと飛び出してくるのを、ハイっ、ホイっとかわしながらフェリー乗り場に到着。
エレファンティネ島にはヌビア人も住んでいるが、観光客も多く訪れるらしく、フェリー乗り場のチケット売りの男は白々と「一人EGP5(=US$0.84)ね」なとど言ってくる。なにおー?夫は「アメリカのロスでリトル東京からチャイナタウンに行くバスだってUS$0.25なのに、そんなわけねーだろー」と思いっきり複雑な内容を日本語で言っている。私も観光案内所でもらった地図と、案内所のおじさんが手書きしてくれたEGP1という文字を見せて、何言ってるのー!と騒いだ。さぁ、どうなるか。どう対応するのか。
すると通りがかりのエジプト人一般市民の男5人くらいが、どーした、どーしたと絡んできた。「いや、この男がね、運賃が一人EGP5だって言うんだけどね」と私が言うと、一般市民は「いやいや、一人EGP1だよ、何言ってるんだ」と正直に教えてくれた。一般市民、偉い!
フェリーチケット売り場の男は、「あっははー、ちょっと勘違いしちゃったなー僕」みたいな、曖昧な照れ笑いを浮かべながら何事もなかったように正規料金を受け取って引き下がった。新しいパターンだ。一般市民がまともだと、こうした観光客相手の悪事は働けない。頑張れ、エジプトの真面目な一般市民。

因みに写真の男性はチケット売り場の男性ではない。 |
フェリーには白人女性が4人既に乗っていて、ここからエレファンティネ島まで行き、フェリーを乗り換えてキッチナー島まで行こうとしているらしかった。キッチナー島までの直行フェリーはないらしい。ほんの目と鼻の先に見えているんだけどね。
エレファンティネ島はのどかな島だった。フェリーを降りて左手に歩いて島の先端まで行った所に博物館があるので、とりあえずそこを目指して歩いてみることにした。
左手に向かう道は、またもや民家の間の細い路地。昼下がりの島内は静まり返っていて、家の塀が作り出す陰が散策にはありがたい涼しい空間を作り出していた。
所々に素焼きのカメに入った水がおいてある。素焼きから水が染み出て、その気化熱でカメの中の水が冷たくなる仕掛け。こんな所で生水を飲んだら、一発でお腹を壊しそうだなぁと思いながらも、そのカメの水を飲んでみたい誘惑にかられた。
細い路地を歩いて行くと、学校の校庭になって突然視界が開ける所に出る。ここの少し先から見た東岸の風景が気持ちよかった。向かいの東岸との間に無人の小さな岩山があり、その周囲にフルーカや小船が停泊しているのが、丁度いい風景を作り出しているのだった。ふと足元の草をみると、黄緑色の美しい鳥が止まっている。なんだか、のんびりとした所だった。
結局、博物館まではたどり着いたのだが、島ののんびりとした風景に満足してしまったので入ることなく、引き返すことにした。
途中で博物館に向かう東洋系の若い青年に遭遇。「こんにちは、博物館に行くんですか?」と声をかけると、韓国人だというその青年は赤く上気した顔に汗を浮かべながら、突然、「フェリーにいくら支払いましたか?」と聞いてきた。EGP1だと答えると、彼は自分も同じ金額を支払ったんだが、降り際に他のエジプト人の手元を見ていたら半額のEGP0.5しか渡していないではないか。自分だけ倍額取られたと思い、今言い合いをしてきたのだと熱く語った。私が観光案内所でもEGP1だと言っていたので、その金額が正しかったのだろうと言っても、彼は騙された、案内所も信用できないと、まだ怒り狂っていた。
成熟した白人社会や日本人のお金持ち旅行者が、言われるがままにどんどん金を支払って旅行者を見るとぼったくる体質になっているアスワンやルクソールに、こうした韓国の青年が鉄槌を下してくれることを私たちは望む。「頑張れ、東洋の青年」とムキムキと怒りの余韻を見せている背中を見守った。
アスワンの東岸もエレファンティネ島もどうということはないのだが、ルクソール、アスワンと観光地、観光地している所ばかりを巡っていたので、今日見た所が拍子抜けするくらいの日常で、かつずっとナイル川が視界に入ってくる場所だったのが、とてものんびりして気持ちが良かった。
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